2013年08月06日

風立ちぬ、いざ生きめやも

4か月ぶりのブログです。

宮崎駿監督ジブリ作品の「風立ちぬ」を観てきました。
ジブリ作品らしからぬ、見事で潔い日本人を描ききった、素晴らしい映画です。

堀辰夫の小説「風立ちぬ」をベースに、ゼロ戦を設計した堀越次郎の人生を投影させた
ストーリー。
大正末期の関東大震災から世界大恐慌による不景気、そして第二次世界大戦へと
突入して敗戦を迎えるまでの日本が舞台です。

アニメとしてのレヴェル、世界観を投影させる技術力は、やはりジブリ!
軽井沢の…それも一昔前の…の空気感、風が立つ、その瞬間の高揚感
堀辰夫の描く、当時の日本の持つ抒情性、そして次郎の夢、菜穂子との間に
流れる、いとおしく切ない愛の時間。
アニメだから出来る、と思わせる実写を超えるリアリティがそこにあります。

お子様や学生さんには、チトつらい長尺な作品でしょう。
静かな高揚感、内に秘めた温かな愛情、語られぬ無残、無念さそして、切なさ。
行間を読んでいくような、お能にも似たテンポ感。

堀辰夫の美しい村、風立ちぬ、菜穂子の3作品に流れる静謐な抒情性と
結核という病に象徴される、儚さ、恐れ、飛行機に賭ける人生という名の夢。
そして何より、私たち日本人が持っていた潔さ、品格、美しさと強さが描かれていて
観ているうちに、じんわりじんわりと胸が熱くなり、いつの間にか涙があふれます。

堀辰夫は中学生から高校生にかけて愛読した作家です。
センシティブ、という言葉の意味を辞書で引いて、以来、私の会話にしばしば使って
いました。お気に入りの表現。パセテイック、もありましたね。
まぁ青春期のナントカかぶれの様なものだったのかもしれませんが。

センシティブ、は直訳すると官能的となりますが、今風のエロいという表現の持つ
一種の下品さはなくて、そこに潜む繊細で神秘的な感覚が好きでした。
パセティックは悲劇的なという意味ですが、それも露わでなく直接的でなく
それでいて、嘆きが深く潜んでいる感じがしたものです。

そう、この映画はセンシティブで、パセティックで、そして儚さと勇気に溢れています。

矜持を正す、という言葉があります。
もはや死語のようになっていますが。

描かれている日本人の姿勢の美しいこと!
歩く姿、立ちいふるまいの美しさは、本当に世界一だと思います。
戦争の悲惨さ、ゼロ戦の顛末、菜穂子の死。
それらが声高に描かれることはありませんが、それらの悲劇をパセティックに
そして菜穂子との愛をセンシティブに、次郎の夢と挫折を潔く描いたこの作品は
日本人の持つ美しさと品格を、あらためて誇りに思えるような世界でした。

4月に負傷した右手の回復が思わしくなく、毎日ピアノに向かっても
左手だけ、とか、簡単な右手の曲しかあだ弾けません。
1か月もすると精神的にすっかり参ってしまい、軽〜い鬱状態。
そこに子供たちのトラブルが重なり、いやはや、生きるのはホントに大変。
このブログも含め、SNSに向かいあうのが怖くて、あまりネットも見ない。
ただ、小さな旅、大きな旅、や、弾けない今だから出来る山歩きなどをして
生徒たちにレッスンをしながら、ひたすら本を読んでいました。

映画も、久しぶりに観ました。
そして、堀辰夫の小説も久しぶりに読み返しました。

風立ちぬ、いざ生きめやも。

主人公の次郎の夢は戦争という現実に無残に挫折し、菜穂子との愛も
結核という病の前に打ち砕かれます。

それでも、矜持を正して、前を向いて生きる。

運命を受け入れて、懸命に生きる。

まだ、右手は不自由なままですが、それでも明日はやってくるし
生きなければならないのなら、前を向いて矜持を持って
歩いていこうと、深く自分に頷ける気持ちにしてくれたこの作品に感謝しています。

そしてこのブログを読んでくださっている皆様。
ご心配をおかけしました。
何度か書こうとトライしたときに、このホームページの訪問者が
私がブログを更新していないにも関わらず、いつも50を超えていました。
心から、御礼申し上げます。
支えられているんだ、という気持ちになりました。

ありがとうございます♡

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2013年04月23日

左利き

合宿から帰ったら、すぐに書こうと思っていたブログですが
合宿の最終日に思わぬアクシデントに見舞われて、右手が使えなくなりました・・・

ハイキングの途中で転びそうになった生徒をとっさに支えようとして
右手の人差し指と中指を、かなり強く突き指。
ただの突き指なら2週間もすれば良くなるはずなのですが
2日後に手の甲がぶわっと腫れて
慌ててお医者さんに行ったら、靭帯損傷で、全治3週間〜1カ月だと。。。
とほほ、であります。

しばらく手を使っても動かしても、だめ、ということで
このブログも書くことができませんでした。

まぁ、焦っても仕方ないし、無理して本当に弾けなくなっても困るし、で、
人生で初めて舞台をキャンセル!することにもなりました。

右手を使えない、すなわち左手で何とかするしかない、という3週間でした。
私は基本的に多分両手とも、利き手、というのか
左手もかなり器用に使うことができます。
お箸も持てるし、字も書けるし、毎日左手で歯磨きもしているので
決定的に不自由なわけではありません。

ただ左手で生活してみると、本当にこの世の中は右利きのために
作られているのだなぁ、ということがわかります。

鋏などは左利き用のものが出ているようですが、99%の生活用品は
右利きを前提として作られていることに気づきます。
左利きの生徒と話していて、トランプのカードを左に開くと、
何も見えない、という話になりました。
トランプは右上と左下に数字やマークが書かれているので
右に開けば、幾つで、何のマークかわかりますが、
左に開くと、真っ白。何も見えない、と、言われてみると
本当だ、ありゃりゃって感じです。

文字だって数字だって、右利きの人たちが考えたに違いないです。
左で書くとバランスは取れないし、形にしにくいし、
美しくは書けないですよね。

左利きの人は、そういう日常の全ての面でストレスがかかるので
右利きの人より、寿命が短いのだそうです。
ストレスは、人を殺すんだな・・・

でも、左利きの人って、結構います。
感じとしては、10人に1人くらいの割り合い?
20人に1人としたって、2500万人は日本に左利き人口がいるって
いうことになるんだから、もう少し左利き用の色々が増えたっていいのに。

経験しないと、実感としてはわからないこと。
左利きさんの大変さを、身にしみて体験しています。

どげんかせんと、いかんぜよ!












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2013年03月26日

近所にお花見

2013 sakura yono.JPG歩いて20分、車で5分の処に、この辺りでは桜の名所とされる
与野公園があります。

明日から、赤城に合宿に1週間行くので、お花見は今年は無理か?
と、あきらめていたのですが、特別にどこかに出かけなくても
桜を愛でる気もちがあれば、どこでだってお花見は出来るもの!と
思い立って朝8時に、与野公園まで歩いてみました。

昨夜の雨が空気を清浄なものにして、青い空が広がります。
朝のきりりと冷たい風に、広がる桜並木は、いつも見る花見の桜より
清々しさのある華やぎ。

ゆっくり歩いて、立ち止まって写真を撮ったりしながら30分ほど。
朱色の太鼓橋、噴水、桜並木の間には ばら苑。
少し人工的なしつらえの公園ではありますが、そこに咲く桜や花桃
けやきの若芽には、生命の輝きと美しさが湛えられています。

明日から、赤城。
赤城は早春が一番美しいと感じます。
雪解けのせせらぎ、羊雲、青い青い空。

子供たちと過ごす一週間。音楽と早春を満喫してきます!

PS、ブログ、しばしお休みです<(_ _)>
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2013年03月24日

さくら

桜が満開。
思っていた以上に早い満開で、お花見は今年は見送りかな。

今日は花曇り。
三鷹の実家に教えに都内を車で走りました。
沿道に、桜並木。

思わず、ため息が漏れます。

なぜ、桜の花を見ると、切なくなるのか。
なぜ、満開の桜に、季節や人生の移ろいを見るのか。

様々な本、諸説芬芬ではあるけれど
この胸のキュンキュンする感じは、日本人のDNAみたいですね。

満開の桜に、何より季節の節目、人生の節目を見てきた私たち。
いつもより早い今年の満開は、何に別れを告げ、どんな旅立ちと出会いを
連れてくるのでしょうか。


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2013年03月23日

ママ友

長女が幼稚園に入園したのが、もう18年前になるので
いわゆる、ママ友という関係やつながりは、同じだけ長いはず。

はず、というのがミソで、ママ友は1年とかせいぜい3年間の限定的なおつきあい。
例えば同じクラスで家や環境が近かった、とか、同じ役員をやった、とか、
子供同士が仲良しで、クラスも同じ時が多かった、とか。
役員の間だけ、同じクラスの間だけ。それが過ぎれば、ただの顔見知り。

敬遠している、のではないし、そういう付き合いが嫌なわけでもないけれど
なんか、合わない、なじめない、打ち解けられない、みたいな。
普通に暮らしているお母様方との違和感が、昔はとても強かったのだと思います。

3人の子育て、40人のピアノの生徒たちへのレッスンと、CDの録音や雪崩のようなコンサート。
練習はいつも深夜10時から1時半、2時。6時には起きてお弁当に朝食作り。
山の様な洗濯物、果てしのない家事雑事。
どうやって生き延びていたのか、どうやって日々をやり過ごしていたのか。

今でもそこに会社の経営が加わって、大変さはあまり変わりありません。
でも長女と次女が大学生になり成人して、やはり時間的にも精神的にも
子育てのピークは過ぎました。
3つ作っていたお弁当は1つになり、宿題や勉強を手伝ったり明日の持ち物の点検の時間や
気を配る神経も、それほど必要なくなっています。
まぁ、長男の受験という難題が迫ってはいますが・・・

どんなに仕事が大変でも、子育てに比べれば大したことはないのだと気付きます。
人一人、大人になるまで見守り助け、成長を促していくそのストレスと膨大な時間。
それが私を成長させてきたのではありますけれど。

さて、今晩は、息子の学校で多分最後のご奉公になる
新聞委員会の打ち上げのパーティーがありました。
私が幹事を引き受けて、会場を決め、最後はうちの教室で
コーヒーを飲みながら二次回をしました。

楽しかった!
心からこの1年の新聞委員会が楽しみで、ママ友とのおしゃべりが楽しみで
たまのママ友ランチも、本当に嬉しかったのです。
きっとこれからもこのママ友達とは、繋がっていかれると感じています。
こんなことは初めて!

一つは、驚くほど環境や感性が似ている人達が集まったたという奇跡。
それは、浦和ルーテル学院、という娘と息子が通う小中高一貫教育のキリスト教の学校に
通わせたいと思った親たちの集まり、という共通点もあるのでしょうけれど・・・
つまり価値観が似ている、という点で。
それから、その学校が育ててくれている子育てへの価値観や共通点もあるのだと
話していて思います。

もう一つは、私の心境や環境の変化、でしょうね。

少し、余裕が出来たのかな。

ママ友たちの悩みや立場を、そうだよねって心から共感したり一緒に考える余裕。
そうなんだって話を聴くことのできる余裕。
自分の大変さやギリギリな感じを、茶化したり笑ったりできる余裕。

心のキャパシティみたいなもの。
人を受け入れられるスキマ。

同じ学校に子供を通わせているからこそ、話せる悩みや希望や疑問。
母親同士、そして同じ年代の女性同士(あっ、私がきっと一番年上だけど!)
抱える様々なこと。違うことも同じ事も、バリエーションも、一つの土俵に
乗っている感じ。その共感。

ホント今まで、なかった経験です。
だから、とても嬉しい。

春は別れと出会いの季節。

幾つになっても、どんな立場になっても、心を開けば
そこに新しい、美しい、すばらしい出会いがあるものだと
そう思います。

感謝!新聞委員会の皆々様、ブラボー!


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2013年03月22日

カラオケ

ちょうど私が大学生になったころから、一般的な楽しみとして定着した
カラオケ。
昔はカラオケボックスなんてないから、飲み屋さんに行って
1曲100円とか払って、そこにいるお客さん全員の前で歌う、みたいな。
かなり恥ずかしいものでした。

ずっとクラッシックの声楽を習っていたせいた、いわゆるフツーの
洋楽やら歌謡曲が歌えない。
まさかベルカント唄法で、歌謡曲を歌うわけにはいかないし。
なので、いつも聞いているだけ派。
自分では決して歌わない。
自分からカラオケに行きたい、とは全然思わない。
誘われて、断ると失礼だとか、大人げない、という時だけ
小さくなって、隅の方に座って、なるべくこちらにマイクが来ない様に…
だから、全然面白くない!

でも、この何年かで子供たちや友人とカラオケに行くようになりました。
子供たちはお友達同士で学校帰りに行ったりすることがフツーな様で
私なんかより全然慣れ親しんでいます。
最初の頃は、行ってもほとんど聞いているだけで、自分で歌うのはまぁ2曲かな?
でも、この頃、段々に色々な曲に挑戦してみよう、と思える様になりました。

ピアノを弾くことで、自分の表現意欲は満たされているし、それ以上の何かは
自分には必要ない、と思っていました。
でも、本当に声を出して歌うのは、肉体的に精神的に解放感があって
楽しい!ことに気づいてしまったヤマガミ。

腹筋使って、思いっきり声を出すのって、とっても健全で楽しい娯楽なんだ
と思っています。

これからも、少しずつレパートリーを増やして、楽しむぞ。

歌なら、70歳、80歳になっても歌えるしね。

友人家族の皆々様。しばらくヤマガミの悪声にお付き合いください。
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2013年03月21日

みりん塩麹のレシピ

塩麹はあっという間に、便利な調味料として台所に定着した感があります。
我が家も塩麹が常備されるようになって、1年くらいでしょうか。

私は塩麹は、麹を買ってきて自分で作る派なのですが
最近、アメ横で、形が使いやすそうで気にいって買った
キッコーマンから出ている、みりん塩麹 にはまっています。

もともと、肉や魚を漬ける専門で塩麹を使っていて、必ずと言っていいほど
みりんを加えて漬けていたので、それが一緒になっているのは。どんな味?
と興味があったのと、いわゆる小型のペットボトルタイプの容器なので
(今まである塩麹は、瓶だったりレトルトパックみたいだったり)
扱いやすいな、というのが決め手で購入。

早速、鶏肉とサバを漬けてみました。

どちらも本当に美味しいです。
鶏肉の方には、大匙一杯のヨーグルトを加えて1日漬け、
サバには西京味噌とみりん塩麹を、1対1の割り合いにして
3日間漬けました。
どちらもジップロックに入れて、量は鶏肉もサバも
ちょうどかぶるくらい、全体にまみれるくらい、の感じです。
テキトー!(笑)

鶏肉は腿肉のぶつ切りです。
それをモヤシとマイタケと軽く炒めてみました。
炒めながら、少し梅酒を加えます。
簡単なのに、驚くほど柔らかくて美味しい!

サバはフライパンを適量の油を入れて温め(サバが焦げないように)
そこにサバを入れて両面を軽く焼いて
袋に残っている塩麹と西京味噌を加えて、蓋をして
弱火で15分くらい煮込みます。

こちらも、蕩けるような柔らかさと風味があって
とても美味しかったです。

ちなみに、牛の脛肉を漬けてみたのですが
これは、ごく普通でした。
ラムの腿肉も漬けてみましたが、これも良かったです。
めかじきは、サバと同じに漬けてみました。
これもGOOD です。

やってみたベストが、最初に挑戦した鶏腿肉とサバ&めかじき、かな。
皆様、おススメですよ〜!

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2013年03月20日

再会&再開

昨夜、8年ぶりにとても懐かしい友人と再会しました。

本当に8年分の積もり積もった話。終わらない、止まらない。

それに、もっももっと以前の話し。
昔には出来なかった、その刹那では消化できなかった色々。

話しながら、自分もその時に戻る。
そして、もう一度この8年やもっと長い15年を、思い出しながら
考えながら、瞬時に生き直すような、そんな時間。

感性や、生きる価値観が本当に理解しあえる人との出会い、
そして繋がりは、奇跡のようなものだと思います。
それを心から神様に感謝します。

彼女から、ブログをとても楽しみにしてるのに、この頃更新がなくて・・・
と言われました。
彼女のお父上も、同じみたい。
ここのところ、色々な人達から、ブログは???と訊かれます。

楽しみに読んで下さる方達が、こんなにたくさんいたんだなと
すごく、反省。とても嬉しい。

書くことで、自分の日常や価値観を見直したり振り返ったり。
とても大切な時間だったということも、こうして再開してみると
気付かされます。

綾香さん、ありがとう。
そして皆様、ありがとうございます。
また、頑張って書いて行こうと思います。

昨日は次女の20歳の誕生日でした。
家族全員、予定があったので休日の今日、軽くパーティー。
ビーフシチューと、ホタテとグレープフルーツとバジルのサラダ。
パンを焼き、デザートは苺のシロップがけ。
腕をふるって、無事に20歳を迎えられた次女を祝いました。

喘息、アトピー、花粉症。重度のアレルギー患者の彼女の18歳までは
本当に大変でした。勿論、本人が一番大変だったでしょう。
でも、それがあって今がある。
アトピーで出来あいのものがまったく食べられない彼女の為に
どれだけ豊かなレシピを習得できたことか。
どれだけ食や栄養素や安全について、学んだことか。

鍼の打つ場所。身体のしくみ。免疫のこと。

それだけの、おおげさではなく生死をかけた日々だったからこそ
真剣に真しに学び、習得した色々なことは、今の私、今の家族
これからの生き方に、大きく役立ったのだと実感します。

これからも、そのように生きて行きたい。

打撃や、苦悩や、試練や、理不尽な色々を避けることはできないなら
それがあったからこそ、今がある、という生き方。

運命は避けられないものを連れてくるけれど
決断して、その先をどう生きるかは、自分次第。
そう、思います。
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2012年10月20日

脳の成熟期

黒川伊保子さんという、脳をエンジニアリングの立場から研究し、
株式会社 感性リサーチ 代表取締役社長でもある人のインタビューを聞きました。
脳は年齢とともに退化したり老化するのではなく、60歳に向かって成熟していくし
その後も、脳の使い方によっては進化を続ける、という話です。

とても、勇気をもらったし、私、大丈夫だ!と自分の脳に幸せ力を見出しました。
大体の要旨を書き出してみたいと思います。

***
脳は一生、穏やかに成熟しながら階段を登っていくもので、アンチエイジング
ということを言う人たちは、ある年齢の脳を頂上に見立てて、そこから階段を
降りないようにしようという考え方だと思います。

脳というのは、生殖適齢期、つまり子供を生んで育てるときに、もっとも過敏に動きます。
記憶力もすごくあるし、100なら100、全てを読み取る力もある。
それを短期間で処理する力もある。いわゆる頭のいいといわれる状態ですね。
これは動物でもそう。今日落ちた穴に、明日も落ちていたら、えさは永遠に巣に運べない。
子育て期間中は、記憶力が生きる力の必然なんです。

人間は18歳から20代までは、記憶力もはたらくし、多数のことを処理する能力が
もっとも働く時期なんです。だけど、そういう時に、物事を俯瞰する能力は働きにくい。
目の前のことを処理することはできても、長期的に物事をとらえられない。

でも、脳が成熟してくると、達観して、より本質的なことを見極められるように
なるんです。物事を、遠く、高く、深くみることが出来るようになるんです。
脳の質が変わっていくんですね。余分なことは忘れるようになる。

若いときは、短い軸索のニューロンがくちゅくちゅ動いているんです。
どうしても左脳偏重型になって、つかみに力が弱くなる。見通す力、待つ力がないんです。
それが、30代後半になってくると、そういう力がどんどんでてくるんですね。

そんな時に記憶力がちょっと弱くなったからと、脳をちょこちょこ使う力を鍛えてどうするの?
本来、次のステージに上がるべき脳の力なのに。
だから、脳のアンチエイジングってほんとナンセンス!何を考えているんだと。
私たちの脳は完成に向かってゆっくりと成熟しているから、いつだって1年前より
高いところにいるんです。

なぜ世の中の人たちが、短い軸索のニューロンのくちゅくちゅ動くものにこだわっているのか。
つまりテストの点数なんかは、とれるわけですよ。そっちのほうが。物忘れもしないしね。

でもなんで、その20代の脳を、人間の脳にとって一番いい状態と過信するのか、
それから成熟していく脳を、まるで悪くなっていくかのように捉えるのか。
それが不思議なんですよね。

短い軸索のニューロンと長い軸索のニューロンは同時に同質には活性化できないんですよ。
計算の得意な脳は、予知能力は低いし、生物としての魅力も低いはずなんですよ。
だから、そういう未成熟の脳を最高とみたてて、みんながそこに向かって伸びようというのが、
私には理解不能。
***


幸せというのは、脳の状態が幸せであることだ、とする黒川説。
う〜〜Nn,納得です。

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2012年10月16日

ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?

久しぶりに、本のことを書きたいと思います。

不覚にも電車の中で読んでいて、涙が止まらなくなり
先を読み続けることが出来なくなった本です。

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」

著者:アレン・ネルソン 講談社

NYで生まれ育った、アフリカ系アメリカ人の著者、アレン・ネルソン。
当時、母国でありながら肌の色の違いなどで差別を受け
貧困にあえいでいましたが、アメリカ人として国の為に戦えると信じ、
高校を中退して海兵隊に入隊し、そこで人を殺す訓練を受けます。

ベトナム戦に参戦。1年以上もベトナムで過ごし帰国した彼は
心的障害に苦しみます。変わり果てた彼に、「人殺しは息子ではない…」と、
母親から拒絶され、家を追われます。

ホームレスになったアレン・ネルソンは小学校の教師をする
同級生に出会います。
彼女は彼に、ベトナムで経験したことを生徒に話して欲しい、と頼むのです。
重い気持ちを押し隠し、淡々とベトナムの子供たちの様子を話します。
しかし、その時にネルソンにとって一生を変える質問に出会います。

ー「ミスター・ネルソン」女の子はまばたきもせず、わたしをまっすぐに見つめると、
たずねました。
それは、わたしにとって運命的な質問でした。
「あなたは、人を殺しましたか?」
だれかにおなかをなぐられたような感じがしました。
わたしの体はこわばり、重くなり、教室の床にめりこんでいくような気がしました。――本文より

彼は思わず目をつぶります。どう答えるべきか、真実を言うべきなのか。
にっちもさっちも行かない状態で,彼は5分間も目を閉じ続けたままでした。

 やがて自分の腰に手をやる感触を感じ,びっくりして目を開けると,
答が分かったのか,その女の子が腰を抱きながら「ネルソンさん,かわいそう!」
と涙を見せてました。

 小さな声でYesとつぶやきながら,彼の目からぼたぼたと涙が出てとまりません。
その涙で,クラスの子がみな彼を囲み,みんなで泣いてくれました。

 ここから彼の生き方が変わったのです。
大学に行こうとして勉強を始め,精神科医に積極的に治療を受け,
悪夢を見ずにぐっすり眠れるようになり,さらには結婚をして長女が産まれたことが,
過去のベトナム先生の体験を「伝えるべき事」と感じることにつながり,
講演活動を始めることになりました。

衝撃的な事実や言葉も、つつみ隠さず記されています。
運命の質問を機に、著者アレン・ネルソンが伝えたかった
戦争は絶対に起こしてはならない、という思いのすべてが、
この本に詰まっています。

子供でも読める平易な文章ですが、戦争の本質、ベトナム戦とはどういうもので
あったのかが、驚くほど簡潔に良く描かれています。

ネルソン氏は、ベトナム戦で使用した枯葉剤の後遺症と言われている
多発性骨髄腫で、5年前に亡くなられていますが
日本国憲法九条の存在を知り、何度も来日して各地で講演をされました。
その講演記録なども、ネットで読むことができます。


私たちは戦争を知りません。
日本はもう、70年近く、憲法9条に守られて戦争をしかけることなく過ごしています。
今、尖閣や竹島や、日本の防衛体制を根本から揺るがすような
問題が起きています。
そんな中で、自衛隊容認や、憲法の改正といったことが
まるで当然なのだ、必然なのだ、という論調が強くなっています。

でも、この本を読むとわかります。
正しい戦争など、一つもありません。
戦争をする、ということは、人殺しをする、ということです。
殺される方も、殺す方も、どちらにとっても傷は深く
戦争でなにがしか得をするとすれば、それは国家とか、軍やそれに関係する
企業であって、個人ではありません。
人は、生きてあるために生きているし、愛し助け合うために自分の命は
あります。
これは、大義名分とか、きれいごとではありません。
人の命は、誰かを殺したり、殺されたりするためには決して利用されては
ならない、という、とても簡単明瞭な真実の話です。

5〜6年生になれば、もう読むことの可能な本です。
それだけに、心の奥深くに、まっすぐに刺さってくる本です。

直視したくない現実を、こういう形でなら受け止められるかもしれない。
そう感じさせてくれる、貴重な著書です。
是非、ご一読を。
posted by yukiko at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記