2018年04月08日

体幹=インナーマッスル

昨日は突風が吹いて、正に春の嵐!でした。
今日は昨日より最高気温が8度も低いらしく、本当に
この時期は体調管理に気を遣います。

風邪もいやだし、インフルエンザも花粉症も。
でも、罹らない様には中々ならなくても
きちんとした食事や身体の鍛え方で、軽く済ます事、は
できるようになります。

体幹を少し補強することで、内臓も強くなるし血流も良くなる。
基礎代謝があがるので、ダイエットやメタボ対策にもなる。
しかも筋トレみたいにハードじゃない。
そんなに時間もかからない。
子供の姿勢が悪い、走るのが遅いのも、改善できます。
もう、やるっきゃない!!!

子供さんなどと楽しく遊び感覚でやるなら、バランスいボールを
使ったものがオススメですし、自分ひとりでこそっとやるなら
体幹リセットダイエット、と検索してみてください。
動画付きの方法が掲載されています。

夏に向けて、露出も多くなるし活同量も増えていきます。
楽しく体幹=インナーマッスルを鍛える!と
気合を入れているヤマガミです 笑
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2018年04月05日

体幹=インナーマッスルとは?


四月から、ジムに入会してくる人が増えた気がします。
やはり、心機一転、暖かくなった春に
何かを始めたい、体を鍛えたい整えたい、と思う人が
沢山いるのですね。

私は筋トレと主に泳ぐのですが、ハードでない体幹トレーニングを
週2回ほど取り入れています。

体幹ってよく聞くけれど、どの部分?
***
筋肉研究の石井直方先生は、体幹を『腹腔を囲む部分』と
定義しています。
腹腔というのは、人間の骨格の中でお腹の部分をいいます。
肋骨と骨盤の間でがらんどうになっていて、
胃腸など腹部臓器を収めている部分です。
骨がないので、体壁や筋肉が内臓や体を支えています。

腹腔は4つの筋肉に囲まれています。
◆腹横筋
◆多裂筋
◆横隔膜
◆骨盤底筋群
これらの筋肉は『体幹深層筋(インナーマッスル)』と言われ、
腹腔を上下左右から囲んで内臓を支え、
また腹圧を高めることで背骨を支えています。
***

これらの深層筋を鍛えるのは、いわゆる筋トレとは少し異なり
(かぶる部分もありますが)腹筋が割れる事はありません。
女性なので、筋肉があまりムキムキしている体より
しなやかで強靭なカラダ作りをしたい、何より健康で
精神を守ってくれる身体が欲しい、と思っています。

お腹真ん中、大切に、ということでしょうか。
アスリートになりたいわけでもないので
あまりハードでなくて、とにかく長く続けられるトレーニングを
と、いう感じです。

ちょっと長くなってきたので、どんなトレーニングか、は
また明日!




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2018年04月04日

フランスへ


次女がフランス留学のために旅立ちました。

ドイツに留学していた私ですが、ここのところ圧倒的に
フランス人との仕事が多く、関わりが深くなっています。

一念発起して去年秋からフランス語も始め、何とか
日常会話なら(まぁ英語やドイツ語混じりになっちゃうけれど)
話せるようになっています。
ドイツ語くらいしゃべれるようになりたいなぁ、と。

ドイツとフランスは同じ欧州のお隣通しの国とは思えないほど
文化も価値観も人生観も違う様な気がします。
どちらも強固でどちらも魅力的ですが、学ぶならドイツの方が
ストイックで落ち着いて学べる空気があると思うのですが、
感性を刺激される、となると、フランス、の方が少し歩があるかと。

言葉はその国の文化だし、国民性を象徴する、というか
言葉によって日々培われる感性、方向性、志向性は大きいと
そんな気がします。どちらが卵で鶏かはわかりませんが。

ドイツ語は本当に合理的で、妥協のない、緩みのない言語です。
曖昧さ、微妙さ、誤解を招くような要素がとても少ない。
的確で端的で、意志的です。

フランス語は、ドイツ語より感性としては日本語に近いです。
曖昧さ、微妙さ、移ろいのような感覚的なものが
言語の中に含まれていているからです。
しかし発音は、書いてある言葉と発音との間に
大きな隔たりがあり、例えばメトロの駅名を見ても、
どう発音するのかわからないし
その駅名を車内アナウンスで言われても、聞き取れません。

良くも悪くも、かなりアバウトな部分を抱えている。
繊細な部分もありながら、基本的には楽天的。
ケ セラ セラ、なるようになる、と。

音楽を一緒にしてみると、深いけれど軽い。
悲しみや絶望はあるけれど、重苦しくならない。
どこかに、飄々とした人生や愛を達観しているところ
が、あるような気がします。
だから、彼らと奏でる音楽の中には、常に歓びがあり
そこが、たまらない魅力です。

娘は、昼はヴェルサイユのコンセルバトワールに
夜はパリの語学学校に通います。

感性を磨き、様々な体験を糧にして、日々学ぶこと。
娘に負けず、私ももっと学んで生きたい。
人生は学び続けることでもある、と思っています。



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2018年04月03日

四月・始まりの時


まだ四月の初めというのに、桜は散り新緑の季節も
すぐそこまで来ている感じです。

赤城は、春が一番美しい季節です。
青い空、ゆったり流れる羊雲、清冽な川の流れ
澄んだ色をした風、星降る夜。

そこに今年は満開の桜が加わり、何か日々がとても愛おしく
生徒達との合宿も熱が入りました。
赤城で、心も身体もすっきりと日常の垢を
そぎ落として来た気がしています。

新しく生徒さんが入って来たり、体験入学が始まったり。
一年の始まりは1月ですけれど、ここ日本の社会的な始動は
やはり四月だなと感じます
3月は別れの時。4月は出会いの時。

長く生きれば生きるほど、沢山の荷物や宿題を抱えながら
人生は進みますけれど、四月は一旦それらの荷物や宿題を
脇に置いて、新しい気持ちで リスタート!

心も身体も、フレッシュな状態で四月を過ごして
いきたいなぁと、思います。


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2018年03月29日

春の合宿

 
今日から春の合宿!

赤城山麓に、今回は総勢7人で行って来ます。
もう何年目だろう?
25年目?30年目?
体力が何歳まで持つのかなぁ
今回は新2年生から大学3年生まで。

「大変でしょう?」と良く言われるのですけれど
まぁ3食私が作るし、水泳とピアノを教えながら
人生相談にものる、というハードな日々ですが
こんなに楽しいこともないよって言うくらい、楽しい!

生徒達と日常を共にして、若いパワーをもらいながら
赤城の自然の中で、生き生きと体中の細胞が呼吸して
行く感じです。

と、いうわけで、ブログは4日間お休み!
ネット環境のないやまのなかで がんばってきます!!!
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2018年03月28日

演奏と発表の違い


温かいを通り越して、もはや暑い!
まだ3月だというのに、初夏の様相ですねー

演奏会、と、発表会。
普段のお稽古、努力の成果を舞台の上で披露する、と
言う点で同じ行為ですが、この二つには
天と地ほどの差があるのでは?
と私は思っています。

例えが正しくないかも、ですが、歴史の教科書を執筆するのと
歴史小説を執筆するのとの違い、といえばいいのか、な。
う〜ん、説明するのは難しいのですが、
日頃の努力の成果をその生徒なりに演奏家なりに懸命に弾けば、
発表は成り立ちます。

でも、それだけでは演奏にはならない。

演奏に必要なものは、その人の個性、ピアノ・音楽・人生との
向かい方が、表現として現れていなければなりません。
演奏する曲の背景を知り、作曲家の意図を楽譜から読み取り、
自分の感性や技術を駆使して自分の言葉にしていく。
時間軸に従って時に物語をつむぎ、時に自然の描写に寄り添う。

情景や物語や感情や描写が、聴く人の心の中に浮かんでくる様な
まるで、タイムトリップしてその時だけの空間に
心を委ねているようなそんな舞台が、演奏、なのだと思います。

さて!今日も素敵な演奏を目指して、レッスンが始まります。

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2018年03月27日

理不尽さ、について


生きていると、まっこと理不尽な目に遭うことがあり
ワタクシが一体何をしたというのだっ!!!と
嘆けども、怒れども、叫べども、どうにもならない事態に
身もだえしつつ、耐え難きを耐える、時があります。

若い頃は、それで体調を崩したり、精神的にやられてしまう事が
ありましたが、それなりに経験を積むと、理不尽なことにも
意味はあるのかもしれない、と考える様になりました。

天災や病気なら、それがどんなに理不尽な事態でも
生き残るべく全力で戦おうとするのでしょうが、裏切りやとばっちり
関係のない場所から火の粉が降りかかって大火事、なんて時は
戦う術も為す術もなく、痛みが癒えていくまで耐えることしかできません。

それでも、その理不尽な事態から逃れることができないのが人生なら
生きるうえで、常になんらかの理不尽さと隣りあわせなのなら
そこから何かを理解し、起きたことへの意味を見出したいと
そんな風に思います。

多くの生徒や人たちと深い関わりを持ち、そしてその人達を愛せば、
裏切りは付きもの、信頼と裏切りは、実は表裏一体のものなのかもしれない
と気付きます。
愛とか長年の信頼関係は、とても重く、時に心を拘束されると感じる事も
心を拘束されると共に行動も縛られると思う事もあるのかもしれません。

愛されるがゆえ、長年の信頼関係であるがゆえ、心の隙間に甘え、おごり、
そして何かしらの誘惑が入り込むのは、それが長年になればなるほど
仕方のないことかもしれません。

愛が反転して憎しみに変わることがある様に、信頼と裏切りとも
鏡の表と裏のようなものかもしれない、とそんな風に今は捉えています。

そう理解したところで、傷つくことは同じなのですが
それでも、そうやって人の弱さ、脆さ、に気づいた時、
何かが少し癒える気がします。

桜が、もう散り始めました。

そんな風に、潔く、見事に、痛みを受け入れられる強さを持ちたい。


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2018年03月26日

REBORN

皆様、ご無沙汰でした!

沢山の季節が過ぎて・・・4年余り・・・

このブログに悪意のあるコメントが頻繁に書き込まれる様になり
HPから同じようなメールも届くようになって
かなり怖くなって書くのをお休みしていましたら
あっという間に4年余りの月日が経ってしまいました。

そういうSNSでの攻撃に加え、手の故障が完治したと思っていた頃ぶり返し、
追加して更年期も重なって軽い欝になり、小さなコンサートをこなしながら
一生懸命にレッスンしたり、山を歩いたり、読書したり。
沢山のことを感じ、考え、沢山の試練を乗り越えてきた様な気がします。

去年、やっと精神的にも完全に復活して演奏活動を本格的に再開しました。

でもブログの方は、これだけ経っても時々怖いメールが来て中々再開できず・・・
けれどもこんなにお休みしているのに、毎日毎日多いときは100名を越す
訪問数があり、本当にそれは感謝の気持ちでいっぱいで・・・
このままではいけないし、負けないぞ!と勇気を持って再開することにしました。

桜が満開です。
咲けば散るのが定めの儚さが、桜の最大の魅力でしょう。
満開の華やかさの中に、一瞬の夢を見させてくれる・・・幻の様な美しさ。
命、や、運命、や、理(ことわり)、や。

卒業、就職、引越し、そして再スタート。

REBORN,,リボーン、に思いをこめました。

ここから、ブログ復活!です!!!

2013 sakura yono.JPG
posted by yukiko at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年12月02日

紅葉

全治1カ月と言われた手の靭帯の損傷が、1か月経っても2カ月経っても治らず
結局、靭帯が伸びたのではなく、切れた、ということで、
完治まで半年間、かかりました。

もう、本当に弾いていけないのではないか、と、何度も何度も不安になり
やっと弾けるようになってからも、焦ってはいけない、と思いつつ、練習しすぎて
肩甲骨の周りの筋肉を痛めてしまったり、とほほなこの秋。

とにかく、ピアノの前ではなく、部屋の中ではなく、外へ、外へ、と
この秋は紅葉を見て回っています。

赤城、軽井沢、筑波山、箱根…毎週水曜日がお休みなので、日帰りで紅葉狩り。
今週は、いよいよ埼玉県内、森林公園が見ごろでしょうか。

どこの紅葉も綺麗です。どこの空気もすがすがしく、どこの青空も高く澄んでいます。
日本は、本当に美しい国だと、改めて思います。

黄金色に輝く銀杏並木、赤、オレンジ、黄色の繊細なレースの様ないろは紅葉、
それらの木々は、一瞬の輝きの後に、全ての葉を落として、寒々とした
枝を広げ、まるで枯れてしまったかのように息をひそめて、冬を乗り越えます。

北風にさらされ、雪を抱き、幾多の凍える夜を経て、芽をはぐくみ、伊吹く日まで
春を待って、その場に立ち続ける。

多分、今の私はそんな時なのかもしれない、と、ふと考えます。

春夏と、全力で走り続けて、秋を迎えて全ての葉を落として、春を待つ。
人生の最終コーナーを回るのはまだ先かもしれないけれど、少なくとも
今は、少し羽を休めて、自然に身を任せて、来る時に備えて焦らず時を
重ねる。必ず芽吹き、また花をつける日も来ると信じて。

きらきらと、まるでレースごしに陽の光を通すように、紅葉の木々から
光が輝いて見えます。
そして一陣の風が吹いて、木々が丸裸になる。
その刹那、樹は、一本のただの木になって孤独に、潔くすくっと佇むかのようです。


自身と向き合う時。

内省と沈黙の時。

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2013年09月09日

オリンピック開催決定に思う事

2020年に、東京でオリンピックが開催されることになりました。

私も朝5時15分に起きて、ニュースを見ていました。
決まった時には、良かったと素直に感激しました。

でもどこかで、本当に良かったのだろうかと問いかけている自分がいます。

五輪開催そのものは、良いことの方が多いと思います。
ごく短期的にではあるけれど、経済は上向きになるでしょうし
(実際に今日の東京株式市場はゼネコンや土地取引、建設関係を中心に大幅に値上がり!)
五輪に向けて、何か希望のようなもの、夢のようなものを持つことができるのではないか
という期待があります。

良い面があれば、必ず同じだけのマイナス面もあるはずです。

五輪関連の企業や分野には、国のお金も回るでしょうし株価も上がり、実際に仕事も
増えて喜ばしい半面、そこに使われるお金が、本来、本当に必要な人達や企業に
回らない可能性があります。
具体的には、震災の復興と原発の問題解決のためのお金です。

福島の原発問題を抱えた街では、がれきも何もかもがあの時のままです。
放射線量が高くて、手が出せない、という現実の前に、流された家も家財も、車も船も
何もかもがあの日のままに放置されています。
そしてその無残ながれきの中にはまだ、100人を超える死体が埋まっていると言います。

残された人々の暮らしも、実はそのままなのです。
引っ越すこともできず、がれきや死体の埋まる海がわずかに見える借りの住まいに
将来への不安、健康への不安を抱えて、なすすべもなく
日々をやり過ごす人達。
「津波も地震も何とか受け入れられる。どんなにそれが悲惨なものであっても
そこから前を向くこともできると思う。でもこの原発の問題だけは、どう向き合ったらよいのか
どうしたらよいのか、何をすべきなのか、皆目わからない。
明日が見えない。心の整理もつくはずがない。まだそこに見えない放射能があって
そこから何を始められるのか、何も解決できていない。」

福島の子供たちから「絶対にオリンピック開催を勝ち取ってきてね」と頼まれたんだと
吉田選手が言っていました。だから開催が決まって嬉しい、あの子たちに夢をプレゼント
できると。

確かに、それは一つの夢になるかもしれない。
けれども、その前に今の暮らし、明日の健康、それが見えてこなければ
どうやって明日を信じて、夢見ることが許されるのでしょうか。

安倍総理は汚染水の問題について、完全に把握しており万全の対策を取ると、プレゼンしました。
今、この時も、どれほどの放射線量の汚染水が正確にどのくらい流出しているのか
完全に把握はできていないというのに、問題を完全に把握できるわけがない。
福島の人たちの明日が何も見えていないのに、万全の対策がとれるわけがない。

夢をみることと、夢物語を語ることは違います。
その夢を、実現することが、夢を見させる側の責任なのですから。

オリンピックに夢を託す人達のためにも、福島の問題を、原発の是非を
その責任の所在を、恐れず国民に差し出して、一つずつ、着実に
皆の力で解決していこうとすること。その必死の努力が本当の夢を生むのだと
夢を実現していく基礎となるのだと、私は思います。


posted by yukiko at 21:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記