2018年04月23日

今年観た映画・洋画部門

今日は邦画以外の作品について。
余韻が長く残り、思い返す度に本当に良い
映画なのがリメンバーミー。カーズ、トイ
ストーリー等キャラクターアニメシリーズ
を手がけるディズニーピクサー最新作。
家族と絆がテーマの感動作で音楽が効果的。
キャラクターも◎

同じく家族,絆とは?をテーマに描かれた
パディントン2も悪くはなかったけれど・・・

グレイティストショーマンは物語はえ?予定
調和な感じですが圧倒的なパフォーマンス!
正にグレイティストショー!が全て!の映画。
大画面で繰り広げられる様な数々のド迫力の
ステージが圧巻です。

残念だった空海。CG技術を駆使し華麗壮麗・
幻想的な世界を表現していますが、荒唐無稽
で滑稽ですらあります。意味わからん!

CGもキャラクターも非現実で作り物である事は
周知の事ですが、だからこそのリアリティが増す
ものとリアリティの欠片も無いものに別れます。
リメンバーミーは前者、空海は後者。新しい
技術を駆使しても新しい表現になるわけでない!

4月までに観た1番好きな映画が「幸せの絵の具」
画家モード・ルイス夫妻の実話を描いています。
主演のサリーホーキンス、イーサンホーク共に
名演。カナダの美しい自然と愛と夫婦の戦いの
物語がささやかな日常と共に描かれ生きる事と
芸術の間にあるものは何かを考えさせられ秀逸。



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2018年04月22日

今年観た映画の中で

今日は邦画部門、書きます。

一押し良かったのは「今夜ロマンス劇場で」です。
ザ・映画。映画館で観る醍醐味を存分に味わえる
ファンタジーとロマンスに溢れる映画でした。
綾瀬はるか、はどちらかと言うと苦手でしたが、
華やかで儚げで幻想的なザ・女優を見事に演じました。

祈りの幕が下りる時は、感動的な物語、これが一押し
という人も沢山いてそのツボはわかります。阿部寛・
松嶋奈々子ともに圧巻の演技で音楽も良かった。
東野圭吾の小説が若干苦手で(その文体が)重すぎて
そこが感動し切れなかった理由、かな。

斎藤工初監督作品blannk13,はカメラワーク、台詞の間
撮影の光彩の加減、など確かな才能を感じさせる佳作。
ただ肝心の脚本の核心が弱い.高橋一生,リリーフランキー
など役者の使い方も演技も良かっただけに残念なところ。

クソ野郎と美しき〜は昨日のブログを参照にしてほしい
のですが、観て良かったと思える作品でした。なぜ?
本も展覧会もですが、古い時代や古典を扱っていても、
そこに時代を超える新しさ、新しい作品であってもそこに
時代の先端を走る、捥ぎ立てのレモン汁の様な新鮮さを
私は求めます。それを探しに行く。感性は、感動は、常に
とても新鮮なものだと、新しい発見だ、と思うからです。

ピアノを演奏する私。最先端の音楽も古典も弾きます。
皆さんと共有したいのは今しかない、ここにしかない
感性であり感動。それをいつも自分に求めます。
どれ程の経験を積み重ねても、それを生かすのは
「今、この瞬間!」を捕らえることの出来る感性であり
技術だと、そう思っています。
慣れや熟練はいらない。常に明日を生きようとする
情熱から生まれる、捥ぎ立ての今。

邦画はあと3本観ましたが、長澤まさみ=上手くなった!
土屋太鳳=苦手、界雅人=流石〜、という感想のみ。
なんか、私にとって新鮮さに欠ける作品だったみたいです。


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2018年04月21日

映画館で映画は観たい!

映画の話をしようかと思います。

歩5分に映画館があり、早朝の歌舞伎やオペラ
レイトショーまでいつも中々のラインナップ。
月2本ほどはそこで、渋谷アップリンクなどの
独立系映画館に月1度程度観にいきます。

本好きでほとんど活字中毒?ですし美術展や
様々なタイプの展覧会にも出かけます。
好奇心、知識欲、美意識等を満たして感性を
磨いていくのはスマホやTVでは間に合いません。

映画館で観る、ということが好きです。
音の感じ、スクリーンの大きさ、さぁ観るぞと
深く腰掛ける椅子。あの暗さ。
その世界に深く集中し、どっぷりと嵌ってく感覚
は、TVには絶対にない映画館の持つ空間力です。

狭い世界観にはなりたくない、のかもしれません。
空間力は私にとってとても大切なものです。
例えば音楽も、大きめの部屋でオーディオセットで
CDをかけ聴いています。イヤホンは苦手ですね。
音の広がり、空間がとても狭いので。

映画館大好きな私ですが、何度も観たい映画は
さすがにDVDでしか観られないので、それはそれで
楽しんでいますけれど 笑

オススメ、一押しの映画は何ですか?とよく
尋ねられます。
た〜くさんあるので取り合えず今年観た映画の中
から幾つかを次回からご紹介しようと思います!



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2018年04月19日

新しい地図

元SMAPの草ナギくん慎吾ちゃん,GOROちゃんの
3人が飛び出して始めた新しい地図。その映画
「クソ野郎と美しき世界」を観てきました。

私はSMAPのファンでもなくただの映画好きです。
たまたま歩5分の映画館で2週間限定で上映される
&レディスデイ1100円なので行ったのですが
まるっきり期待してなかったからかも、ですが
面白いし、良かった!です。
オムニバス形式で1話目・ピアニストを撃て・で
GOROちゃんがベートーヴェンの熱情を弾きまくり
2話目で慎吾ちゃんがカラフル&独特な絵画を披露
3話目で草ナギ君&尾野真千子さんの凄い演技が
観られ,ハチャメチャで取り留めのないナンセンス
ドタバタ映画の様でいて、そこに悲運苦悩原罪
みたいな重いテーマ、愛や希望や自由といった
明るいテーマが散りばめられ織り込まれ、最後に
あぁ観て良かった、と心から思える映画でした。

SMAPファンではないけれど解散は残念だったし、
5人それぞれの活動を、事務所圧力や忖度などに
負けるな!とSMAP時代より応援したい気持ちは
ありました。でも、これを観て、何があっても
生きていく事生き抜いていくことの大切さを
楽しさを感じましたねー。

草ナギ君の演技、圧巻。監督の爆笑問題の大田さん
才能のある方なのね,と実感.今日が最後の上映日で
たった2週間で27万人を突破する動員は納得です。

2週間前に斎藤工さんの初監督作品「biannk13」を
観ました。これも中々良い作品でした。
高橋一生さんの演技がとても沁みました。

明日から、ちょっと映画の話でも書こうかな。





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2018年04月18日

同期会

先日久しぶりに同窓会、というのか同期会の集まりに
顔を出しました。
声楽科以外の芸大の同期の人たちが1年に1度上野で
旧交を温める、というのでしょうか。

なぜ、声楽科をはずすの?といつも幹事をやってくれる
弦楽器科の男性にいつぞや尋ねたら、うるさいから!笑!と
返事。た・し・か・に・・・
というより、声楽科だけで60人という最大の部門なので
まとめるのが大変、というのが本当の理由の様ですが。

卒業以来始めて参加した、という学理科の友人に会えて
ちょっと感激。彼女とは桐朋学園子供のための音楽教室からの
付き合い。お互い10歳の頃からこの世界で頑張ってきた仲間です。

もう亡くなった友人も何人かいます。
みんなアラカンになって、それぞれの立場で頑張っているから
集まれる、ということもあります。
2次会にも参加して、超久しぶりに友人達の演奏会に行く約束も
しました。オーケストラ、弦楽四重奏。
長く続ければ良いというものでもないかもしれないけれど
これだけ長く活動を続けられるのは、本当に実力を積み重ねて
自分と向き合って演奏してきた人たちだけに許されることだ
と、自分自身を振り返っても思います。

頑張り続ける仲間がいることを、尚も前進しようともがき続ける
勇者達があることを、本当に嬉しく思う素敵な夕べでした。




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2018年04月16日

ヘルダーリンの続き

18世紀末から19世紀のドイツの詩人ヘルダーリンは
1770年、なんとベートーヴェンと同じ年に生まれています。

18歳でテュービンゲン大学に進学し、未来の大哲学者ヘーゲルや
シェリングと出会い、生涯親交を結びます。

私がヘルダーリンの詩に深く傾倒するきっかけとなったのだ
饗庭孝男著「西欧と愛」の中で描かれる
Liebend unterzugehen,In die Fluten der Zeit sich wirft
(愛しながら没落しようと、時の潮に身を投げ入れる)
若い妻ズゼッテと家庭教師の青年ヘルダーリン
地上の愛に絶望し、天上の幸福を願った聖なる愛の詩集
「ヒューペリオン」でした。

20代半ばのヘルダーリンは家庭教師として招かれた家の夫人
4人の子の母であるズゼッテと、禁断の恋に落ちます。
二人は引き裂かれた後も逢瀬を続けますが、彼女が早逝します。
その頃書かれたのが「ヒューペリオン」です。

実はヘルダーリンについては2007年3月7日この場で書いていて
ズゼッテとの顛末やヒューペリオンの詩については
そちらをご覧頂ければと思います。

ヘルダーリンは深いショックを受け、心は彼女と共に亡くなったと
感じ、統合失調症を患います。
その後、精神的に回復の見込みがなくなった時に彼のファンに
引き取られ「ヘルダーリンの塔」と呼ばれる所に引きこもります。
亡くなる73歳まで彼は、精神の病の薄明をさ迷い続けながら
古代ギリシア思想への回帰、自然回帰を謳う様になり
独特の深遠なる世界観を表現することになります。

彼の詩は死後100年経って、高い評価を受けるのです。
ズゼッテとの愛の詩、そして難解だとされる晩年の叙事詩。
文学研究科のペーター・ソンディは、ヘルダーリンの後期の
詩作に通じるものとして、ベートーベン弦楽四重奏曲の晩年と
セザンヌの晩年の絵画作品を挙げています。

ヒューペリオンは私の最も好きな詩集ですが
晩年の叙事詩は、狂気と正気の狭間から搾り出され
難解ながら壮大で叙情溢れるヘルダーリン独自の世界観があり
それは、本当に、言葉の芸術だな、と感じるのです。

そうそう、松本清張がヘルダーリンを題材に短編小説を書いています。
「ネッカー川の影」
こちらも秀逸な短編です。テュービンゲンに行ってみたくなるような
ヘルダーリンの狂気と正気に触れられるような作品です。






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2018年04月14日

ゲーテとヘルダーリンの続き


昨日、ゲーテの銀杏の葉を訳して力尽きたヤマガミ。
でも、こうやって詩を言葉をじっくりと味わい
ひとつひとつの語句を吟味しながら流れを作るという作業は、
感性と知性をフル回転させてとっても面白かったですね。
久しぶりに、ドイツ語とも真剣に向き合えたし。

ゲーテが巨人としたら、ヘルダーリンは何だろう
さすらい人?
叙情や創作の川を漂い、彷徨い、新たな光を見出し
やがて豊かな水を湛えた泉にたどりつくような
そんな詩人。

昨日はゲーテの詩を訳したので、今日はヘルダーリンの詩を。
さすがに、今日は持っている全集2巻、手塚富雄さんの訳で。

『HÄLFTE DES LEBENS』

Mit gelben Birnen hänget
Und voll mit wilden Rosen
Das Land in den See,
Ihr holden Schwäne,
Und trunken von Küssen
Tunkt ihr das Haupt

Ins heilignüchterne Wasser.
Weh mir, wo nehm'ich, wenn
Es Winter ist, die Blumen, und wo

Den Sonnenschein,
Und Schatten der Erde?
Die Mauern stehn
Sprachlos und kalt, im Winde
Klirren die Fahnen.

「人生の半ば」

黄色い梨はたわわに実り
そして野薔薇は咲き誇り

大地は湖の上に降り、
愛らしい白鳥たち、
口づけに酔いしれて
その頭をひたす

聖らかで冷たい水の中に
ああしかし、どこに求めればいいのだ、もし
冬が来たら、花を、そしてそう
日の光を
地上に射す影を?

石垣は立つ
声もなく冷ややかに、風は
風見を軋ませる。

***

手塚さんはヘルダーリンの詩を訳すにあたってこんな事を書いています。
「交響的とされるヘルダーリンの詩の特徴が『人生の半ば』に見事に凝縮されている
当然だが原文で読まなければその魅力は伝わらない。
一〜三行目の躍動のテンポから、四〜六行目までの抑制へ移り、
七行目で重厚に洗い流される。
八行目のテンポを継ぎ、九行目は三つの節でしみじみと緩やかに波打つ。
十行目の毅然としたアクセントが十一行目でそのアクセントをたおやかに伸ばす
十二行目も結句の始まりにふさわしいアクセント、十三行目にまたそれを受けながら、
しかし「im Winde」が、厳粛な一音を成している。
全体を通して読むと、まさに重奏の調べとしてこの上なく美しい。」

***

私はヘルダーリンが本当に好きなのですけれど
こうやってヘルダーリンの詩をあらためて読むと
巨人は、実はゲーテではなくヘルダーリンかも、と思います。

ヘルダーリンの続き、をまた明日書きたいと思います。

今日のところは、これで!







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2018年04月13日

ゲーテ、そしてヘルダーリン

ドイツを代表する詩人、ロマン派の巨人といえば
やはりゲーテでしょう。
ゲーテは小説も戯曲も書き、政治や地質学にも精通してましたが
ここでは、詩人ゲーテを取り上げます。

ゲーテはとても端的に、選びぬかれた言葉と韻律で
彷徨う魂や愛の讃歌や自然の移ろいを詩にしました。
例えば、この様に。
Liebe dominiert nicht, sie kultiviert" 愛は支配しない、愛は育てる。

名言です。

ゲーテの代表であり、ドイツで最も愛される詩に
”銀杏の葉” が、あります。

”Gingo Biloba”

Dieses Baums Blatt, der von Osten
Meinen Garten anvertraut,
gielt geheimen Sinn zu kosten,
Wie’s den Wissenden erbaut.
Ist es ein lebendig Wesen,
Das sich un sich selbst getrennt?
Sind es zwey, die sich erlesen,
Daß man sie als eines kennt?
Solche Fragen zu erwidern,
Fand ich wohl den rechten Sinn;
Fühlst du nicht an meinen Liedern,
Daß ich eins und doppelt bin?

銀杏

はるか東洋から来て
わたしの庭にうつされたイチョウの葉
そこには賢い者だけにわかる密かな意味があるのです

これはもともと一枚の葉が二つに分かれたの?
それとも二枚の葉が互いに相手を見つけて
ひとつになったのかしら?

そんなことを考えているうちに
わたしは本当の意味に辿り着きました。

わたしの詩を聴くたびあなたは感じるでしょうか

わたしという一枚の葉でありながら
あなたと結ばれた二ひらの葉であることを・・・。

          訳 by yukiko
本気でドイツ語を訳したら、とてつもない時間が
かかってしまったので、今日はここまで!

我ながら、しかし、良い訳だと思う・・・笑!




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2018年04月12日

イプシロン、の発表会


イプシロンの年に一度の発表会が迫ってきました。
四月30日まで、あと正味2週間です。

イプシロンって何?という質問をよくいただきますが
これは、Y=ワイ のラテン語及びドイツ語の読み方なのです。
自分のイニシャルが Y.Yで、一緒にこの会社を立ち上げた
他の2人のイニシャルもYだったこともあり
イプシロン・ムジーク(ムジークはドイツ語でミュージックのことです)
という会社の名前になりました。

ピアノだけでなく、ヴァイオリン、歌、そして今回から
ユーフォニアムの生徒さんも加わり、総勢で80名を超える
かなり大掛かりな発表会です。

生徒さん達を教える講師の先生方も熱が入りますし
生徒さん達もそろそろ暗譜、と言って楽譜を覚える頃合で
ドキドキが止まらない時期ですねー!

人の前で演奏するのは、本当に大変だけれど
自分ととことん向き合うとても素晴らしいチャンスでもあります。
今の世の中で、子供達が本当に必死になる瞬間って
あまり無い様な気がするのです。

必死に頑張った記憶。そして何かを乗り越えた記憶。

それが、その子を強くするし成長させていきます。

そのことを先生達は誰よりよく知っています。
だから、一緒に頑張れる、のです。

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2018年04月09日

ハナミズキ=花木の名

今日は近隣の学校の入学式。
入学式とセットの桜の花はすっかり散って葉桜に。
代わりに連休の頃満開なるはずのハナミズキが見ごろです。

私の母は植物が大好きで、小さい頃は花木の名前を教えてくれました。
幾つもの似た花を付ける花の見分け方、何十種類という
華やかだったりひっそりとした花を伴う木々たちを指差しながら
楽しそうに、その名の由良などを話してくれたものです。

梅、さざんか、椿、桃、花桃、木瓜(ボケ)、沈丁花、木蓮、こぶし
2月半ばから大体この順で咲き、桜と同時に黄色や白の花咲く連翹や雪柳。
続いて咲くのがライラックや花かいどう、そしてハナミズキです。

花木の名前を知っているからと言って、エライわけではないけれど
その名を知ることで、その花と共にある思い出に名がつきます。
もし人に名前がなければ、思い出にも名が付かず、
心の中に留まる時間も短く、どんなにか侘しいでしょう。

花木の名を知っていると、その時に咲いていた、香っていた花木の名が、
思い出のアルバムの表題の様に、インデックスの様に思い出を導き
彩りを加えてくれるのです。正に、色褪せない一ページとして。

一青窈の歌でその名が知られ、桜と共に春の思い出の代名詞になった
ハナミズキ。花言葉は 永続性・私の思いを受け取ってください

街路樹としても沢山植えられていて、今、赤と白のハナミズキは花盛り。
桜は散ってしまったけれど、今年は「ハナミズキ」という花の名と共に、
この新年度の始まりの思い出にしよう、そんな風に考えています。

hanamizuki.jpeg
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2018年04月08日

体幹=インナーマッスル

昨日は突風が吹いて、正に春の嵐!でした。
今日は昨日より最高気温が8度も低いらしく、本当に
この時期は体調管理に気を遣います。

風邪もいやだし、インフルエンザも花粉症も。
でも、罹らない様には中々ならなくても
きちんとした食事や身体の鍛え方で、軽く済ます事、は
できるようになります。

体幹を少し補強することで、内臓も強くなるし血流も良くなる。
基礎代謝があがるので、ダイエットやメタボ対策にもなる。
しかも筋トレみたいにハードじゃない。
そんなに時間もかからない。
子供の姿勢が悪い、走るのが遅いのも、改善できます。
もう、やるっきゃない!!!

子供さんなどと楽しく遊び感覚でやるなら、バランスいボールを
使ったものがオススメですし、自分ひとりでこそっとやるなら
体幹リセットダイエット、と検索してみてください。
動画付きの方法が掲載されています。

夏に向けて、露出も多くなるし活同量も増えていきます。
楽しく体幹=インナーマッスルを鍛える!と
気合を入れているヤマガミです 笑
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2018年04月05日

体幹=インナーマッスルとは?


四月から、ジムに入会してくる人が増えた気がします。
やはり、心機一転、暖かくなった春に
何かを始めたい、体を鍛えたい整えたい、と思う人が
沢山いるのですね。

私は筋トレと主に泳ぐのですが、ハードでない体幹トレーニングを
週2回ほど取り入れています。

体幹ってよく聞くけれど、どの部分?
***
筋肉研究の石井直方先生は、体幹を『腹腔を囲む部分』と
定義しています。
腹腔というのは、人間の骨格の中でお腹の部分をいいます。
肋骨と骨盤の間でがらんどうになっていて、
胃腸など腹部臓器を収めている部分です。
骨がないので、体壁や筋肉が内臓や体を支えています。

腹腔は4つの筋肉に囲まれています。
◆腹横筋
◆多裂筋
◆横隔膜
◆骨盤底筋群
これらの筋肉は『体幹深層筋(インナーマッスル)』と言われ、
腹腔を上下左右から囲んで内臓を支え、
また腹圧を高めることで背骨を支えています。
***

これらの深層筋を鍛えるのは、いわゆる筋トレとは少し異なり
(かぶる部分もありますが)腹筋が割れる事はありません。
女性なので、筋肉があまりムキムキしている体より
しなやかで強靭なカラダ作りをしたい、何より健康で
精神を守ってくれる身体が欲しい、と思っています。

お腹真ん中、大切に、ということでしょうか。
アスリートになりたいわけでもないので
あまりハードでなくて、とにかく長く続けられるトレーニングを
と、いう感じです。

ちょっと長くなってきたので、どんなトレーニングか、は
また明日!




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2018年04月04日

フランスへ


次女がフランス留学のために旅立ちました。

ドイツに留学していた私ですが、ここのところ圧倒的に
フランス人との仕事が多く、関わりが深くなっています。

一念発起して去年秋からフランス語も始め、何とか
日常会話なら(まぁ英語やドイツ語混じりになっちゃうけれど)
話せるようになっています。
ドイツ語くらいしゃべれるようになりたいなぁ、と。

ドイツとフランスは同じ欧州のお隣通しの国とは思えないほど
文化も価値観も人生観も違う様な気がします。
どちらも強固でどちらも魅力的ですが、学ぶならドイツの方が
ストイックで落ち着いて学べる空気があると思うのですが、
感性を刺激される、となると、フランス、の方が少し歩があるかと。

言葉はその国の文化だし、国民性を象徴する、というか
言葉によって日々培われる感性、方向性、志向性は大きいと
そんな気がします。どちらが卵で鶏かはわかりませんが。

ドイツ語は本当に合理的で、妥協のない、緩みのない言語です。
曖昧さ、微妙さ、誤解を招くような要素がとても少ない。
的確で端的で、意志的です。

フランス語は、ドイツ語より感性としては日本語に近いです。
曖昧さ、微妙さ、移ろいのような感覚的なものが
言語の中に含まれていているからです。
しかし発音は、書いてある言葉と発音との間に
大きな隔たりがあり、例えばメトロの駅名を見ても、
どう発音するのかわからないし
その駅名を車内アナウンスで言われても、聞き取れません。

良くも悪くも、かなりアバウトな部分を抱えている。
繊細な部分もありながら、基本的には楽天的。
ケ セラ セラ、なるようになる、と。

音楽を一緒にしてみると、深いけれど軽い。
悲しみや絶望はあるけれど、重苦しくならない。
どこかに、飄々とした人生や愛を達観しているところ
が、あるような気がします。
だから、彼らと奏でる音楽の中には、常に歓びがあり
そこが、たまらない魅力です。

娘は、昼はヴェルサイユのコンセルバトワールに
夜はパリの語学学校に通います。

感性を磨き、様々な体験を糧にして、日々学ぶこと。
娘に負けず、私ももっと学んで生きたい。
人生は学び続けることでもある、と思っています。



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2018年04月03日

四月・始まりの時


まだ四月の初めというのに、桜は散り新緑の季節も
すぐそこまで来ている感じです。

赤城は、春が一番美しい季節です。
青い空、ゆったり流れる羊雲、清冽な川の流れ
澄んだ色をした風、星降る夜。

そこに今年は満開の桜が加わり、何か日々がとても愛おしく
生徒達との合宿も熱が入りました。
赤城で、心も身体もすっきりと日常の垢を
そぎ落として来た気がしています。

新しく生徒さんが入って来たり、体験入学が始まったり。
一年の始まりは1月ですけれど、ここ日本の社会的な始動は
やはり四月だなと感じます
3月は別れの時。4月は出会いの時。

長く生きれば生きるほど、沢山の荷物や宿題を抱えながら
人生は進みますけれど、四月は一旦それらの荷物や宿題を
脇に置いて、新しい気持ちで リスタート!

心も身体も、フレッシュな状態で四月を過ごして
いきたいなぁと、思います。


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2018年03月29日

春の合宿

 
今日から春の合宿!

赤城山麓に、今回は総勢7人で行って来ます。
もう何年目だろう?
25年目?30年目?
体力が何歳まで持つのかなぁ
今回は新2年生から大学3年生まで。

「大変でしょう?」と良く言われるのですけれど
まぁ3食私が作るし、水泳とピアノを教えながら
人生相談にものる、というハードな日々ですが
こんなに楽しいこともないよって言うくらい、楽しい!

生徒達と日常を共にして、若いパワーをもらいながら
赤城の自然の中で、生き生きと体中の細胞が呼吸して
行く感じです。

と、いうわけで、ブログは4日間お休み!
ネット環境のないやまのなかで がんばってきます!!!
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2018年03月28日

演奏と発表の違い


温かいを通り越して、もはや暑い!
まだ3月だというのに、初夏の様相ですねー

演奏会、と、発表会。
普段のお稽古、努力の成果を舞台の上で披露する、と
言う点で同じ行為ですが、この二つには
天と地ほどの差があるのでは?
と私は思っています。

例えが正しくないかも、ですが、歴史の教科書を執筆するのと
歴史小説を執筆するのとの違い、といえばいいのか、な。
う〜ん、説明するのは難しいのですが、
日頃の努力の成果をその生徒なりに演奏家なりに懸命に弾けば、
発表は成り立ちます。

でも、それだけでは演奏にはならない。

演奏に必要なものは、その人の個性、ピアノ・音楽・人生との
向かい方が、表現として現れていなければなりません。
演奏する曲の背景を知り、作曲家の意図を楽譜から読み取り、
自分の感性や技術を駆使して自分の言葉にしていく。
時間軸に従って時に物語をつむぎ、時に自然の描写に寄り添う。

情景や物語や感情や描写が、聴く人の心の中に浮かんでくる様な
まるで、タイムトリップしてその時だけの空間に
心を委ねているようなそんな舞台が、演奏、なのだと思います。

さて!今日も素敵な演奏を目指して、レッスンが始まります。

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2018年03月27日

理不尽さ、について


生きていると、まっこと理不尽な目に遭うことがあり
ワタクシが一体何をしたというのだっ!!!と
嘆けども、怒れども、叫べども、どうにもならない事態に
身もだえしつつ、耐え難きを耐える、時があります。

若い頃は、それで体調を崩したり、精神的にやられてしまう事が
ありましたが、それなりに経験を積むと、理不尽なことにも
意味はあるのかもしれない、と考える様になりました。

天災や病気なら、それがどんなに理不尽な事態でも
生き残るべく全力で戦おうとするのでしょうが、裏切りやとばっちり
関係のない場所から火の粉が降りかかって大火事、なんて時は
戦う術も為す術もなく、痛みが癒えていくまで耐えることしかできません。

それでも、その理不尽な事態から逃れることができないのが人生なら
生きるうえで、常になんらかの理不尽さと隣りあわせなのなら
そこから何かを理解し、起きたことへの意味を見出したいと
そんな風に思います。

多くの生徒や人たちと深い関わりを持ち、そしてその人達を愛せば、
裏切りは付きもの、信頼と裏切りは、実は表裏一体のものなのかもしれない
と気付きます。
愛とか長年の信頼関係は、とても重く、時に心を拘束されると感じる事も
心を拘束されると共に行動も縛られると思う事もあるのかもしれません。

愛されるがゆえ、長年の信頼関係であるがゆえ、心の隙間に甘え、おごり、
そして何かしらの誘惑が入り込むのは、それが長年になればなるほど
仕方のないことかもしれません。

愛が反転して憎しみに変わることがある様に、信頼と裏切りとも
鏡の表と裏のようなものかもしれない、とそんな風に今は捉えています。

そう理解したところで、傷つくことは同じなのですが
それでも、そうやって人の弱さ、脆さ、に気づいた時、
何かが少し癒える気がします。

桜が、もう散り始めました。

そんな風に、潔く、見事に、痛みを受け入れられる強さを持ちたい。


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2018年03月26日

REBORN

皆様、ご無沙汰でした!

沢山の季節が過ぎて・・・4年余り・・・

このブログに悪意のあるコメントが頻繁に書き込まれる様になり
HPから同じようなメールも届くようになって
かなり怖くなって書くのをお休みしていましたら
あっという間に4年余りの月日が経ってしまいました。

そういうSNSでの攻撃に加え、手の故障が完治したと思っていた頃ぶり返し、
追加して更年期も重なって軽い欝になり、小さなコンサートをこなしながら
一生懸命にレッスンしたり、山を歩いたり、読書したり。
沢山のことを感じ、考え、沢山の試練を乗り越えてきた様な気がします。

去年、やっと精神的にも完全に復活して演奏活動を本格的に再開しました。

でもブログの方は、これだけ経っても時々怖いメールが来て中々再開できず・・・
けれどもこんなにお休みしているのに、毎日毎日多いときは100名を越す
訪問数があり、本当にそれは感謝の気持ちでいっぱいで・・・
このままではいけないし、負けないぞ!と勇気を持って再開することにしました。

桜が満開です。
咲けば散るのが定めの儚さが、桜の最大の魅力でしょう。
満開の華やかさの中に、一瞬の夢を見させてくれる・・・幻の様な美しさ。
命、や、運命、や、理(ことわり)、や。

卒業、就職、引越し、そして再スタート。

REBORN,,リボーン、に思いをこめました。

ここから、ブログ復活!です!!!

2013 sakura yono.JPG
posted by yukiko at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年12月02日

紅葉

全治1カ月と言われた手の靭帯の損傷が、1か月経っても2カ月経っても治らず
結局、靭帯が伸びたのではなく、切れた、ということで、
完治まで半年間、かかりました。

もう、本当に弾いていけないのではないか、と、何度も何度も不安になり
やっと弾けるようになってからも、焦ってはいけない、と思いつつ、練習しすぎて
肩甲骨の周りの筋肉を痛めてしまったり、とほほなこの秋。

とにかく、ピアノの前ではなく、部屋の中ではなく、外へ、外へ、と
この秋は紅葉を見て回っています。

赤城、軽井沢、筑波山、箱根…毎週水曜日がお休みなので、日帰りで紅葉狩り。
今週は、いよいよ埼玉県内、森林公園が見ごろでしょうか。

どこの紅葉も綺麗です。どこの空気もすがすがしく、どこの青空も高く澄んでいます。
日本は、本当に美しい国だと、改めて思います。

黄金色に輝く銀杏並木、赤、オレンジ、黄色の繊細なレースの様ないろは紅葉、
それらの木々は、一瞬の輝きの後に、全ての葉を落として、寒々とした
枝を広げ、まるで枯れてしまったかのように息をひそめて、冬を乗り越えます。

北風にさらされ、雪を抱き、幾多の凍える夜を経て、芽をはぐくみ、伊吹く日まで
春を待って、その場に立ち続ける。

多分、今の私はそんな時なのかもしれない、と、ふと考えます。

春夏と、全力で走り続けて、秋を迎えて全ての葉を落として、春を待つ。
人生の最終コーナーを回るのはまだ先かもしれないけれど、少なくとも
今は、少し羽を休めて、自然に身を任せて、来る時に備えて焦らず時を
重ねる。必ず芽吹き、また花をつける日も来ると信じて。

きらきらと、まるでレースごしに陽の光を通すように、紅葉の木々から
光が輝いて見えます。
そして一陣の風が吹いて、木々が丸裸になる。
その刹那、樹は、一本のただの木になって孤独に、潔くすくっと佇むかのようです。


自身と向き合う時。

内省と沈黙の時。

posted by yukiko at 21:31| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記

2013年09月09日

オリンピック開催決定に思う事

2020年に、東京でオリンピックが開催されることになりました。

私も朝5時15分に起きて、ニュースを見ていました。
決まった時には、良かったと素直に感激しました。

でもどこかで、本当に良かったのだろうかと問いかけている自分がいます。

五輪開催そのものは、良いことの方が多いと思います。
ごく短期的にではあるけれど、経済は上向きになるでしょうし
(実際に今日の東京株式市場はゼネコンや土地取引、建設関係を中心に大幅に値上がり!)
五輪に向けて、何か希望のようなもの、夢のようなものを持つことができるのではないか
という期待があります。

良い面があれば、必ず同じだけのマイナス面もあるはずです。

五輪関連の企業や分野には、国のお金も回るでしょうし株価も上がり、実際に仕事も
増えて喜ばしい半面、そこに使われるお金が、本来、本当に必要な人達や企業に
回らない可能性があります。
具体的には、震災の復興と原発の問題解決のためのお金です。

福島の原発問題を抱えた街では、がれきも何もかもがあの時のままです。
放射線量が高くて、手が出せない、という現実の前に、流された家も家財も、車も船も
何もかもがあの日のままに放置されています。
そしてその無残ながれきの中にはまだ、100人を超える死体が埋まっていると言います。

残された人々の暮らしも、実はそのままなのです。
引っ越すこともできず、がれきや死体の埋まる海がわずかに見える借りの住まいに
将来への不安、健康への不安を抱えて、なすすべもなく
日々をやり過ごす人達。
「津波も地震も何とか受け入れられる。どんなにそれが悲惨なものであっても
そこから前を向くこともできると思う。でもこの原発の問題だけは、どう向き合ったらよいのか
どうしたらよいのか、何をすべきなのか、皆目わからない。
明日が見えない。心の整理もつくはずがない。まだそこに見えない放射能があって
そこから何を始められるのか、何も解決できていない。」

福島の子供たちから「絶対にオリンピック開催を勝ち取ってきてね」と頼まれたんだと
吉田選手が言っていました。だから開催が決まって嬉しい、あの子たちに夢をプレゼント
できると。

確かに、それは一つの夢になるかもしれない。
けれども、その前に今の暮らし、明日の健康、それが見えてこなければ
どうやって明日を信じて、夢見ることが許されるのでしょうか。

安倍総理は汚染水の問題について、完全に把握しており万全の対策を取ると、プレゼンしました。
今、この時も、どれほどの放射線量の汚染水が正確にどのくらい流出しているのか
完全に把握はできていないというのに、問題を完全に把握できるわけがない。
福島の人たちの明日が何も見えていないのに、万全の対策がとれるわけがない。

夢をみることと、夢物語を語ることは違います。
その夢を、実現することが、夢を見させる側の責任なのですから。

オリンピックに夢を託す人達のためにも、福島の問題を、原発の是非を
その責任の所在を、恐れず国民に差し出して、一つずつ、着実に
皆の力で解決していこうとすること。その必死の努力が本当の夢を生むのだと
夢を実現していく基礎となるのだと、私は思います。


posted by yukiko at 21:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記