2013年12月02日

紅葉

全治1カ月と言われた手の靭帯の損傷が、1か月経っても2カ月経っても治らず
結局、靭帯が伸びたのではなく、切れた、ということで、
完治まで半年間、かかりました。

もう、本当に弾いていけないのではないか、と、何度も何度も不安になり
やっと弾けるようになってからも、焦ってはいけない、と思いつつ、練習しすぎて
肩甲骨の周りの筋肉を痛めてしまったり、とほほなこの秋。

とにかく、ピアノの前ではなく、部屋の中ではなく、外へ、外へ、と
この秋は紅葉を見て回っています。

赤城、軽井沢、筑波山、箱根…毎週水曜日がお休みなので、日帰りで紅葉狩り。
今週は、いよいよ埼玉県内、森林公園が見ごろでしょうか。

どこの紅葉も綺麗です。どこの空気もすがすがしく、どこの青空も高く澄んでいます。
日本は、本当に美しい国だと、改めて思います。

黄金色に輝く銀杏並木、赤、オレンジ、黄色の繊細なレースの様ないろは紅葉、
それらの木々は、一瞬の輝きの後に、全ての葉を落として、寒々とした
枝を広げ、まるで枯れてしまったかのように息をひそめて、冬を乗り越えます。

北風にさらされ、雪を抱き、幾多の凍える夜を経て、芽をはぐくみ、伊吹く日まで
春を待って、その場に立ち続ける。

多分、今の私はそんな時なのかもしれない、と、ふと考えます。

春夏と、全力で走り続けて、秋を迎えて全ての葉を落として、春を待つ。
人生の最終コーナーを回るのはまだ先かもしれないけれど、少なくとも
今は、少し羽を休めて、自然に身を任せて、来る時に備えて焦らず時を
重ねる。必ず芽吹き、また花をつける日も来ると信じて。

きらきらと、まるでレースごしに陽の光を通すように、紅葉の木々から
光が輝いて見えます。
そして一陣の風が吹いて、木々が丸裸になる。
その刹那、樹は、一本のただの木になって孤独に、潔くすくっと佇むかのようです。


自身と向き合う時。

内省と沈黙の時。

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2013年09月09日

オリンピック開催決定に思う事

2020年に、東京でオリンピックが開催されることになりました。

私も朝5時15分に起きて、ニュースを見ていました。
決まった時には、良かったと素直に感激しました。

でもどこかで、本当に良かったのだろうかと問いかけている自分がいます。

五輪開催そのものは、良いことの方が多いと思います。
ごく短期的にではあるけれど、経済は上向きになるでしょうし
(実際に今日の東京株式市場はゼネコンや土地取引、建設関係を中心に大幅に値上がり!)
五輪に向けて、何か希望のようなもの、夢のようなものを持つことができるのではないか
という期待があります。

良い面があれば、必ず同じだけのマイナス面もあるはずです。

五輪関連の企業や分野には、国のお金も回るでしょうし株価も上がり、実際に仕事も
増えて喜ばしい半面、そこに使われるお金が、本来、本当に必要な人達や企業に
回らない可能性があります。
具体的には、震災の復興と原発の問題解決のためのお金です。

福島の原発問題を抱えた街では、がれきも何もかもがあの時のままです。
放射線量が高くて、手が出せない、という現実の前に、流された家も家財も、車も船も
何もかもがあの日のままに放置されています。
そしてその無残ながれきの中にはまだ、100人を超える死体が埋まっていると言います。

残された人々の暮らしも、実はそのままなのです。
引っ越すこともできず、がれきや死体の埋まる海がわずかに見える借りの住まいに
将来への不安、健康への不安を抱えて、なすすべもなく
日々をやり過ごす人達。
「津波も地震も何とか受け入れられる。どんなにそれが悲惨なものであっても
そこから前を向くこともできると思う。でもこの原発の問題だけは、どう向き合ったらよいのか
どうしたらよいのか、何をすべきなのか、皆目わからない。
明日が見えない。心の整理もつくはずがない。まだそこに見えない放射能があって
そこから何を始められるのか、何も解決できていない。」

福島の子供たちから「絶対にオリンピック開催を勝ち取ってきてね」と頼まれたんだと
吉田選手が言っていました。だから開催が決まって嬉しい、あの子たちに夢をプレゼント
できると。

確かに、それは一つの夢になるかもしれない。
けれども、その前に今の暮らし、明日の健康、それが見えてこなければ
どうやって明日を信じて、夢見ることが許されるのでしょうか。

安倍総理は汚染水の問題について、完全に把握しており万全の対策を取ると、プレゼンしました。
今、この時も、どれほどの放射線量の汚染水が正確にどのくらい流出しているのか
完全に把握はできていないというのに、問題を完全に把握できるわけがない。
福島の人たちの明日が何も見えていないのに、万全の対策がとれるわけがない。

夢をみることと、夢物語を語ることは違います。
その夢を、実現することが、夢を見させる側の責任なのですから。

オリンピックに夢を託す人達のためにも、福島の問題を、原発の是非を
その責任の所在を、恐れず国民に差し出して、一つずつ、着実に
皆の力で解決していこうとすること。その必死の努力が本当の夢を生むのだと
夢を実現していく基礎となるのだと、私は思います。


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2013年08月06日

風立ちぬ、いざ生きめやも

4か月ぶりのブログです。

宮崎駿監督ジブリ作品の「風立ちぬ」を観てきました。
ジブリ作品らしからぬ、見事で潔い日本人を描ききった、素晴らしい映画です。

堀辰夫の小説「風立ちぬ」をベースに、ゼロ戦を設計した堀越次郎の人生を投影させた
ストーリー。
大正末期の関東大震災から世界大恐慌による不景気、そして第二次世界大戦へと
突入して敗戦を迎えるまでの日本が舞台です。

アニメとしてのレヴェル、世界観を投影させる技術力は、やはりジブリ!
軽井沢の…それも一昔前の…の空気感、風が立つ、その瞬間の高揚感
堀辰夫の描く、当時の日本の持つ抒情性、そして次郎の夢、菜穂子との間に
流れる、いとおしく切ない愛の時間。
アニメだから出来る、と思わせる実写を超えるリアリティがそこにあります。

お子様や学生さんには、チトつらい長尺な作品でしょう。
静かな高揚感、内に秘めた温かな愛情、語られぬ無残、無念さそして、切なさ。
行間を読んでいくような、お能にも似たテンポ感。

堀辰夫の美しい村、風立ちぬ、菜穂子の3作品に流れる静謐な抒情性と
結核という病に象徴される、儚さ、恐れ、飛行機に賭ける人生という名の夢。
そして何より、私たち日本人が持っていた潔さ、品格、美しさと強さが描かれていて
観ているうちに、じんわりじんわりと胸が熱くなり、いつの間にか涙があふれます。

堀辰夫は中学生から高校生にかけて愛読した作家です。
センシティブ、という言葉の意味を辞書で引いて、以来、私の会話にしばしば使って
いました。お気に入りの表現。パセテイック、もありましたね。
まぁ青春期のナントカかぶれの様なものだったのかもしれませんが。

センシティブ、は直訳すると官能的となりますが、今風のエロいという表現の持つ
一種の下品さはなくて、そこに潜む繊細で神秘的な感覚が好きでした。
パセティックは悲劇的なという意味ですが、それも露わでなく直接的でなく
それでいて、嘆きが深く潜んでいる感じがしたものです。

そう、この映画はセンシティブで、パセティックで、そして儚さと勇気に溢れています。

矜持を正す、という言葉があります。
もはや死語のようになっていますが。

描かれている日本人の姿勢の美しいこと!
歩く姿、立ちいふるまいの美しさは、本当に世界一だと思います。
戦争の悲惨さ、ゼロ戦の顛末、菜穂子の死。
それらが声高に描かれることはありませんが、それらの悲劇をパセティックに
そして菜穂子との愛をセンシティブに、次郎の夢と挫折を潔く描いたこの作品は
日本人の持つ美しさと品格を、あらためて誇りに思えるような世界でした。

4月に負傷した右手の回復が思わしくなく、毎日ピアノに向かっても
左手だけ、とか、簡単な右手の曲しかあだ弾けません。
1か月もすると精神的にすっかり参ってしまい、軽〜い鬱状態。
そこに子供たちのトラブルが重なり、いやはや、生きるのはホントに大変。
このブログも含め、SNSに向かいあうのが怖くて、あまりネットも見ない。
ただ、小さな旅、大きな旅、や、弾けない今だから出来る山歩きなどをして
生徒たちにレッスンをしながら、ひたすら本を読んでいました。

映画も、久しぶりに観ました。
そして、堀辰夫の小説も久しぶりに読み返しました。

風立ちぬ、いざ生きめやも。

主人公の次郎の夢は戦争という現実に無残に挫折し、菜穂子との愛も
結核という病の前に打ち砕かれます。

それでも、矜持を正して、前を向いて生きる。

運命を受け入れて、懸命に生きる。

まだ、右手は不自由なままですが、それでも明日はやってくるし
生きなければならないのなら、前を向いて矜持を持って
歩いていこうと、深く自分に頷ける気持ちにしてくれたこの作品に感謝しています。

そしてこのブログを読んでくださっている皆様。
ご心配をおかけしました。
何度か書こうとトライしたときに、このホームページの訪問者が
私がブログを更新していないにも関わらず、いつも50を超えていました。
心から、御礼申し上げます。
支えられているんだ、という気持ちになりました。

ありがとうございます♡

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2013年04月23日

左利き

合宿から帰ったら、すぐに書こうと思っていたブログですが
合宿の最終日に思わぬアクシデントに見舞われて、右手が使えなくなりました・・・

ハイキングの途中で転びそうになった生徒をとっさに支えようとして
右手の人差し指と中指を、かなり強く突き指。
ただの突き指なら2週間もすれば良くなるはずなのですが
2日後に手の甲がぶわっと腫れて
慌ててお医者さんに行ったら、靭帯損傷で、全治3週間〜1カ月だと。。。
とほほ、であります。

しばらく手を使っても動かしても、だめ、ということで
このブログも書くことができませんでした。

まぁ、焦っても仕方ないし、無理して本当に弾けなくなっても困るし、で、
人生で初めて舞台をキャンセル!することにもなりました。

右手を使えない、すなわち左手で何とかするしかない、という3週間でした。
私は基本的に多分両手とも、利き手、というのか
左手もかなり器用に使うことができます。
お箸も持てるし、字も書けるし、毎日左手で歯磨きもしているので
決定的に不自由なわけではありません。

ただ左手で生活してみると、本当にこの世の中は右利きのために
作られているのだなぁ、ということがわかります。

鋏などは左利き用のものが出ているようですが、99%の生活用品は
右利きを前提として作られていることに気づきます。
左利きの生徒と話していて、トランプのカードを左に開くと、
何も見えない、という話になりました。
トランプは右上と左下に数字やマークが書かれているので
右に開けば、幾つで、何のマークかわかりますが、
左に開くと、真っ白。何も見えない、と、言われてみると
本当だ、ありゃりゃって感じです。

文字だって数字だって、右利きの人たちが考えたに違いないです。
左で書くとバランスは取れないし、形にしにくいし、
美しくは書けないですよね。

左利きの人は、そういう日常の全ての面でストレスがかかるので
右利きの人より、寿命が短いのだそうです。
ストレスは、人を殺すんだな・・・

でも、左利きの人って、結構います。
感じとしては、10人に1人くらいの割り合い?
20人に1人としたって、2500万人は日本に左利き人口がいるって
いうことになるんだから、もう少し左利き用の色々が増えたっていいのに。

経験しないと、実感としてはわからないこと。
左利きさんの大変さを、身にしみて体験しています。

どげんかせんと、いかんぜよ!












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2013年03月26日

近所にお花見

2013 sakura yono.JPG歩いて20分、車で5分の処に、この辺りでは桜の名所とされる
与野公園があります。

明日から、赤城に合宿に1週間行くので、お花見は今年は無理か?
と、あきらめていたのですが、特別にどこかに出かけなくても
桜を愛でる気もちがあれば、どこでだってお花見は出来るもの!と
思い立って朝8時に、与野公園まで歩いてみました。

昨夜の雨が空気を清浄なものにして、青い空が広がります。
朝のきりりと冷たい風に、広がる桜並木は、いつも見る花見の桜より
清々しさのある華やぎ。

ゆっくり歩いて、立ち止まって写真を撮ったりしながら30分ほど。
朱色の太鼓橋、噴水、桜並木の間には ばら苑。
少し人工的なしつらえの公園ではありますが、そこに咲く桜や花桃
けやきの若芽には、生命の輝きと美しさが湛えられています。

明日から、赤城。
赤城は早春が一番美しいと感じます。
雪解けのせせらぎ、羊雲、青い青い空。

子供たちと過ごす一週間。音楽と早春を満喫してきます!

PS、ブログ、しばしお休みです<(_ _)>
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2013年03月24日

さくら

桜が満開。
思っていた以上に早い満開で、お花見は今年は見送りかな。

今日は花曇り。
三鷹の実家に教えに都内を車で走りました。
沿道に、桜並木。

思わず、ため息が漏れます。

なぜ、桜の花を見ると、切なくなるのか。
なぜ、満開の桜に、季節や人生の移ろいを見るのか。

様々な本、諸説芬芬ではあるけれど
この胸のキュンキュンする感じは、日本人のDNAみたいですね。

満開の桜に、何より季節の節目、人生の節目を見てきた私たち。
いつもより早い今年の満開は、何に別れを告げ、どんな旅立ちと出会いを
連れてくるのでしょうか。


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2013年03月23日

ママ友

長女が幼稚園に入園したのが、もう18年前になるので
いわゆる、ママ友という関係やつながりは、同じだけ長いはず。

はず、というのがミソで、ママ友は1年とかせいぜい3年間の限定的なおつきあい。
例えば同じクラスで家や環境が近かった、とか、同じ役員をやった、とか、
子供同士が仲良しで、クラスも同じ時が多かった、とか。
役員の間だけ、同じクラスの間だけ。それが過ぎれば、ただの顔見知り。

敬遠している、のではないし、そういう付き合いが嫌なわけでもないけれど
なんか、合わない、なじめない、打ち解けられない、みたいな。
普通に暮らしているお母様方との違和感が、昔はとても強かったのだと思います。

3人の子育て、40人のピアノの生徒たちへのレッスンと、CDの録音や雪崩のようなコンサート。
練習はいつも深夜10時から1時半、2時。6時には起きてお弁当に朝食作り。
山の様な洗濯物、果てしのない家事雑事。
どうやって生き延びていたのか、どうやって日々をやり過ごしていたのか。

今でもそこに会社の経営が加わって、大変さはあまり変わりありません。
でも長女と次女が大学生になり成人して、やはり時間的にも精神的にも
子育てのピークは過ぎました。
3つ作っていたお弁当は1つになり、宿題や勉強を手伝ったり明日の持ち物の点検の時間や
気を配る神経も、それほど必要なくなっています。
まぁ、長男の受験という難題が迫ってはいますが・・・

どんなに仕事が大変でも、子育てに比べれば大したことはないのだと気付きます。
人一人、大人になるまで見守り助け、成長を促していくそのストレスと膨大な時間。
それが私を成長させてきたのではありますけれど。

さて、今晩は、息子の学校で多分最後のご奉公になる
新聞委員会の打ち上げのパーティーがありました。
私が幹事を引き受けて、会場を決め、最後はうちの教室で
コーヒーを飲みながら二次回をしました。

楽しかった!
心からこの1年の新聞委員会が楽しみで、ママ友とのおしゃべりが楽しみで
たまのママ友ランチも、本当に嬉しかったのです。
きっとこれからもこのママ友達とは、繋がっていかれると感じています。
こんなことは初めて!

一つは、驚くほど環境や感性が似ている人達が集まったたという奇跡。
それは、浦和ルーテル学院、という娘と息子が通う小中高一貫教育のキリスト教の学校に
通わせたいと思った親たちの集まり、という共通点もあるのでしょうけれど・・・
つまり価値観が似ている、という点で。
それから、その学校が育ててくれている子育てへの価値観や共通点もあるのだと
話していて思います。

もう一つは、私の心境や環境の変化、でしょうね。

少し、余裕が出来たのかな。

ママ友たちの悩みや立場を、そうだよねって心から共感したり一緒に考える余裕。
そうなんだって話を聴くことのできる余裕。
自分の大変さやギリギリな感じを、茶化したり笑ったりできる余裕。

心のキャパシティみたいなもの。
人を受け入れられるスキマ。

同じ学校に子供を通わせているからこそ、話せる悩みや希望や疑問。
母親同士、そして同じ年代の女性同士(あっ、私がきっと一番年上だけど!)
抱える様々なこと。違うことも同じ事も、バリエーションも、一つの土俵に
乗っている感じ。その共感。

ホント今まで、なかった経験です。
だから、とても嬉しい。

春は別れと出会いの季節。

幾つになっても、どんな立場になっても、心を開けば
そこに新しい、美しい、すばらしい出会いがあるものだと
そう思います。

感謝!新聞委員会の皆々様、ブラボー!


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2013年03月22日

カラオケ

ちょうど私が大学生になったころから、一般的な楽しみとして定着した
カラオケ。
昔はカラオケボックスなんてないから、飲み屋さんに行って
1曲100円とか払って、そこにいるお客さん全員の前で歌う、みたいな。
かなり恥ずかしいものでした。

ずっとクラッシックの声楽を習っていたせいた、いわゆるフツーの
洋楽やら歌謡曲が歌えない。
まさかベルカント唄法で、歌謡曲を歌うわけにはいかないし。
なので、いつも聞いているだけ派。
自分では決して歌わない。
自分からカラオケに行きたい、とは全然思わない。
誘われて、断ると失礼だとか、大人げない、という時だけ
小さくなって、隅の方に座って、なるべくこちらにマイクが来ない様に…
だから、全然面白くない!

でも、この何年かで子供たちや友人とカラオケに行くようになりました。
子供たちはお友達同士で学校帰りに行ったりすることがフツーな様で
私なんかより全然慣れ親しんでいます。
最初の頃は、行ってもほとんど聞いているだけで、自分で歌うのはまぁ2曲かな?
でも、この頃、段々に色々な曲に挑戦してみよう、と思える様になりました。

ピアノを弾くことで、自分の表現意欲は満たされているし、それ以上の何かは
自分には必要ない、と思っていました。
でも、本当に声を出して歌うのは、肉体的に精神的に解放感があって
楽しい!ことに気づいてしまったヤマガミ。

腹筋使って、思いっきり声を出すのって、とっても健全で楽しい娯楽なんだ
と思っています。

これからも、少しずつレパートリーを増やして、楽しむぞ。

歌なら、70歳、80歳になっても歌えるしね。

友人家族の皆々様。しばらくヤマガミの悪声にお付き合いください。
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2013年03月21日

みりん塩麹のレシピ

塩麹はあっという間に、便利な調味料として台所に定着した感があります。
我が家も塩麹が常備されるようになって、1年くらいでしょうか。

私は塩麹は、麹を買ってきて自分で作る派なのですが
最近、アメ横で、形が使いやすそうで気にいって買った
キッコーマンから出ている、みりん塩麹 にはまっています。

もともと、肉や魚を漬ける専門で塩麹を使っていて、必ずと言っていいほど
みりんを加えて漬けていたので、それが一緒になっているのは。どんな味?
と興味があったのと、いわゆる小型のペットボトルタイプの容器なので
(今まである塩麹は、瓶だったりレトルトパックみたいだったり)
扱いやすいな、というのが決め手で購入。

早速、鶏肉とサバを漬けてみました。

どちらも本当に美味しいです。
鶏肉の方には、大匙一杯のヨーグルトを加えて1日漬け、
サバには西京味噌とみりん塩麹を、1対1の割り合いにして
3日間漬けました。
どちらもジップロックに入れて、量は鶏肉もサバも
ちょうどかぶるくらい、全体にまみれるくらい、の感じです。
テキトー!(笑)

鶏肉は腿肉のぶつ切りです。
それをモヤシとマイタケと軽く炒めてみました。
炒めながら、少し梅酒を加えます。
簡単なのに、驚くほど柔らかくて美味しい!

サバはフライパンを適量の油を入れて温め(サバが焦げないように)
そこにサバを入れて両面を軽く焼いて
袋に残っている塩麹と西京味噌を加えて、蓋をして
弱火で15分くらい煮込みます。

こちらも、蕩けるような柔らかさと風味があって
とても美味しかったです。

ちなみに、牛の脛肉を漬けてみたのですが
これは、ごく普通でした。
ラムの腿肉も漬けてみましたが、これも良かったです。
めかじきは、サバと同じに漬けてみました。
これもGOOD です。

やってみたベストが、最初に挑戦した鶏腿肉とサバ&めかじき、かな。
皆様、おススメですよ〜!

posted by yukiko at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年03月20日

再会&再開

昨夜、8年ぶりにとても懐かしい友人と再会しました。

本当に8年分の積もり積もった話。終わらない、止まらない。

それに、もっももっと以前の話し。
昔には出来なかった、その刹那では消化できなかった色々。

話しながら、自分もその時に戻る。
そして、もう一度この8年やもっと長い15年を、思い出しながら
考えながら、瞬時に生き直すような、そんな時間。

感性や、生きる価値観が本当に理解しあえる人との出会い、
そして繋がりは、奇跡のようなものだと思います。
それを心から神様に感謝します。

彼女から、ブログをとても楽しみにしてるのに、この頃更新がなくて・・・
と言われました。
彼女のお父上も、同じみたい。
ここのところ、色々な人達から、ブログは???と訊かれます。

楽しみに読んで下さる方達が、こんなにたくさんいたんだなと
すごく、反省。とても嬉しい。

書くことで、自分の日常や価値観を見直したり振り返ったり。
とても大切な時間だったということも、こうして再開してみると
気付かされます。

綾香さん、ありがとう。
そして皆様、ありがとうございます。
また、頑張って書いて行こうと思います。

昨日は次女の20歳の誕生日でした。
家族全員、予定があったので休日の今日、軽くパーティー。
ビーフシチューと、ホタテとグレープフルーツとバジルのサラダ。
パンを焼き、デザートは苺のシロップがけ。
腕をふるって、無事に20歳を迎えられた次女を祝いました。

喘息、アトピー、花粉症。重度のアレルギー患者の彼女の18歳までは
本当に大変でした。勿論、本人が一番大変だったでしょう。
でも、それがあって今がある。
アトピーで出来あいのものがまったく食べられない彼女の為に
どれだけ豊かなレシピを習得できたことか。
どれだけ食や栄養素や安全について、学んだことか。

鍼の打つ場所。身体のしくみ。免疫のこと。

それだけの、おおげさではなく生死をかけた日々だったからこそ
真剣に真しに学び、習得した色々なことは、今の私、今の家族
これからの生き方に、大きく役立ったのだと実感します。

これからも、そのように生きて行きたい。

打撃や、苦悩や、試練や、理不尽な色々を避けることはできないなら
それがあったからこそ、今がある、という生き方。

運命は避けられないものを連れてくるけれど
決断して、その先をどう生きるかは、自分次第。
そう、思います。
posted by yukiko at 19:40| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2012年10月20日

脳の成熟期

黒川伊保子さんという、脳をエンジニアリングの立場から研究し、
株式会社 感性リサーチ 代表取締役社長でもある人のインタビューを聞きました。
脳は年齢とともに退化したり老化するのではなく、60歳に向かって成熟していくし
その後も、脳の使い方によっては進化を続ける、という話です。

とても、勇気をもらったし、私、大丈夫だ!と自分の脳に幸せ力を見出しました。
大体の要旨を書き出してみたいと思います。

***
脳は一生、穏やかに成熟しながら階段を登っていくもので、アンチエイジング
ということを言う人たちは、ある年齢の脳を頂上に見立てて、そこから階段を
降りないようにしようという考え方だと思います。

脳というのは、生殖適齢期、つまり子供を生んで育てるときに、もっとも過敏に動きます。
記憶力もすごくあるし、100なら100、全てを読み取る力もある。
それを短期間で処理する力もある。いわゆる頭のいいといわれる状態ですね。
これは動物でもそう。今日落ちた穴に、明日も落ちていたら、えさは永遠に巣に運べない。
子育て期間中は、記憶力が生きる力の必然なんです。

人間は18歳から20代までは、記憶力もはたらくし、多数のことを処理する能力が
もっとも働く時期なんです。だけど、そういう時に、物事を俯瞰する能力は働きにくい。
目の前のことを処理することはできても、長期的に物事をとらえられない。

でも、脳が成熟してくると、達観して、より本質的なことを見極められるように
なるんです。物事を、遠く、高く、深くみることが出来るようになるんです。
脳の質が変わっていくんですね。余分なことは忘れるようになる。

若いときは、短い軸索のニューロンがくちゅくちゅ動いているんです。
どうしても左脳偏重型になって、つかみに力が弱くなる。見通す力、待つ力がないんです。
それが、30代後半になってくると、そういう力がどんどんでてくるんですね。

そんな時に記憶力がちょっと弱くなったからと、脳をちょこちょこ使う力を鍛えてどうするの?
本来、次のステージに上がるべき脳の力なのに。
だから、脳のアンチエイジングってほんとナンセンス!何を考えているんだと。
私たちの脳は完成に向かってゆっくりと成熟しているから、いつだって1年前より
高いところにいるんです。

なぜ世の中の人たちが、短い軸索のニューロンのくちゅくちゅ動くものにこだわっているのか。
つまりテストの点数なんかは、とれるわけですよ。そっちのほうが。物忘れもしないしね。

でもなんで、その20代の脳を、人間の脳にとって一番いい状態と過信するのか、
それから成熟していく脳を、まるで悪くなっていくかのように捉えるのか。
それが不思議なんですよね。

短い軸索のニューロンと長い軸索のニューロンは同時に同質には活性化できないんですよ。
計算の得意な脳は、予知能力は低いし、生物としての魅力も低いはずなんですよ。
だから、そういう未成熟の脳を最高とみたてて、みんながそこに向かって伸びようというのが、
私には理解不能。
***


幸せというのは、脳の状態が幸せであることだ、とする黒川説。
う〜〜Nn,納得です。

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2012年10月16日

ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?

久しぶりに、本のことを書きたいと思います。

不覚にも電車の中で読んでいて、涙が止まらなくなり
先を読み続けることが出来なくなった本です。

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」

著者:アレン・ネルソン 講談社

NYで生まれ育った、アフリカ系アメリカ人の著者、アレン・ネルソン。
当時、母国でありながら肌の色の違いなどで差別を受け
貧困にあえいでいましたが、アメリカ人として国の為に戦えると信じ、
高校を中退して海兵隊に入隊し、そこで人を殺す訓練を受けます。

ベトナム戦に参戦。1年以上もベトナムで過ごし帰国した彼は
心的障害に苦しみます。変わり果てた彼に、「人殺しは息子ではない…」と、
母親から拒絶され、家を追われます。

ホームレスになったアレン・ネルソンは小学校の教師をする
同級生に出会います。
彼女は彼に、ベトナムで経験したことを生徒に話して欲しい、と頼むのです。
重い気持ちを押し隠し、淡々とベトナムの子供たちの様子を話します。
しかし、その時にネルソンにとって一生を変える質問に出会います。

ー「ミスター・ネルソン」女の子はまばたきもせず、わたしをまっすぐに見つめると、
たずねました。
それは、わたしにとって運命的な質問でした。
「あなたは、人を殺しましたか?」
だれかにおなかをなぐられたような感じがしました。
わたしの体はこわばり、重くなり、教室の床にめりこんでいくような気がしました。――本文より

彼は思わず目をつぶります。どう答えるべきか、真実を言うべきなのか。
にっちもさっちも行かない状態で,彼は5分間も目を閉じ続けたままでした。

 やがて自分の腰に手をやる感触を感じ,びっくりして目を開けると,
答が分かったのか,その女の子が腰を抱きながら「ネルソンさん,かわいそう!」
と涙を見せてました。

 小さな声でYesとつぶやきながら,彼の目からぼたぼたと涙が出てとまりません。
その涙で,クラスの子がみな彼を囲み,みんなで泣いてくれました。

 ここから彼の生き方が変わったのです。
大学に行こうとして勉強を始め,精神科医に積極的に治療を受け,
悪夢を見ずにぐっすり眠れるようになり,さらには結婚をして長女が産まれたことが,
過去のベトナム先生の体験を「伝えるべき事」と感じることにつながり,
講演活動を始めることになりました。

衝撃的な事実や言葉も、つつみ隠さず記されています。
運命の質問を機に、著者アレン・ネルソンが伝えたかった
戦争は絶対に起こしてはならない、という思いのすべてが、
この本に詰まっています。

子供でも読める平易な文章ですが、戦争の本質、ベトナム戦とはどういうもので
あったのかが、驚くほど簡潔に良く描かれています。

ネルソン氏は、ベトナム戦で使用した枯葉剤の後遺症と言われている
多発性骨髄腫で、5年前に亡くなられていますが
日本国憲法九条の存在を知り、何度も来日して各地で講演をされました。
その講演記録なども、ネットで読むことができます。


私たちは戦争を知りません。
日本はもう、70年近く、憲法9条に守られて戦争をしかけることなく過ごしています。
今、尖閣や竹島や、日本の防衛体制を根本から揺るがすような
問題が起きています。
そんな中で、自衛隊容認や、憲法の改正といったことが
まるで当然なのだ、必然なのだ、という論調が強くなっています。

でも、この本を読むとわかります。
正しい戦争など、一つもありません。
戦争をする、ということは、人殺しをする、ということです。
殺される方も、殺す方も、どちらにとっても傷は深く
戦争でなにがしか得をするとすれば、それは国家とか、軍やそれに関係する
企業であって、個人ではありません。
人は、生きてあるために生きているし、愛し助け合うために自分の命は
あります。
これは、大義名分とか、きれいごとではありません。
人の命は、誰かを殺したり、殺されたりするためには決して利用されては
ならない、という、とても簡単明瞭な真実の話です。

5〜6年生になれば、もう読むことの可能な本です。
それだけに、心の奥深くに、まっすぐに刺さってくる本です。

直視したくない現実を、こういう形でなら受け止められるかもしれない。
そう感じさせてくれる、貴重な著書です。
是非、ご一読を。
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2012年10月13日

反省&習慣について

かれこれ1カ月、ブログを書いていません。
なのに、なのに、毎日30、時に50に迫る訪問者がHPに来てくれています。
あぁ、とてもありがたく、そして申し訳ない気落ち・・・
猛反省です〜!

毎日相変わらず、超忙しいのですが、ブログを書かなかった理由は大きく2つ。

1つは、今年度の息子の学校の新聞委員を引き受けていて、特にこの秋は
特別企画のインタビュー記事を任されて、インタビューをしたり、それを
編集して原稿にしたり、とPCに向かっている時間のほとんどを、事務の仕事と
新聞委員のあれこれで費やし、余裕がない、ということ。

2つ目は、事務の人が2月に辞めてその後の大混乱の中でPCの前で過ごす
圧倒的な時間を事務仕事に取られてしまい、その中で徐々にブログを書く、という
習慣が抜け落ちていってしまったことです。

良い習慣を生活に根付かせたり、積み重ねを継続することは、
とても難しいです。でもそれを手放すことはいとも簡単にできる…
悪癖を身につけるのも、簡単ですけれど(苦笑)

せっかく6年も続いて、もうすぐ7年目に入るブログです。
もう一度、ブログを書くことを習慣として日々の中に根付かせる努力を
してみよう、と思っています。

皆々様、どうぞこれからもよろしくハート





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2012年07月14日

文章を書く、ということ

生徒のY君が、日本語検定1級に一発合格を果たしたと
とても嬉しそうに報告してくれました。

2級を受験した時に、問題集や試験問題を見せてもらったことがあるのですが
それはそれは、恐ろしく微細で多岐にわたり、それこそ
魑魅魍魎(ちみもうりょう=妖怪化けものが跋扈する=)な世界の様に感じまた。

よくもよくも、これだけ細かくわけのわからないことを並べるものだなぁという感想。

6つの分野に分かれていて、それぞれが60%以上取れていなければならず
全体で80%取れると、1級に合格、70%だと準1級だそうです。
彼は今21歳ですが、最年少の受験者だそうで、大体40,50代が受験の中心世代とのこと。
そりゃ、そうですね。読書量や経験値が高くないと、ただ勉強するにしても
それ相応の理解力や文章力が伴わなくて、無理なのではないかしら。

Y君はしかし、読書は得意ではなく人生経験も若いだけに豊富とは言い難いのです。
読む分野も「評論」にほとんど限られている、と言っています。
まして、文章を書くなどは、とんでもない!とも。
だから私は彼に「では、貴方は天才なんだよ。なぜそんな事が出来るのか理屈で説明できない
力を発揮する人のことを、天才、と言うのよ。貴方は国語の天才なんだね。」

彼は小さな障害を抱えています。生き方によっては大きな障害ともなるでしようが、
反対に、大きな個性や可能性につながる、秘めたる能力ともいえるかもしれません。
彼とのレッスンは、それまでのどの生徒とも異なる、私にとっても発見や発展のカギの
たくさんある、かなりユニークなものです。

とても鋭く、深い観察力分析力があり、例えば技術的な自分の問題点を、自分で見つけ出し
なぜなのか、どうすれば克服できるか、何がポイントなのか、ということを自分で考え
そのうえで私に疑問点をぶつけてきます。大変論理的で、緻密&精緻です。
それだけに応える側としては、相応の観察力や分析力と、それをきちんと言葉にして伝える力、
論理的かつ感性や創造性の豊かさ、を求められます。

私は彼に「貴方は文章の書ける人だと思うよ。」と言いました。
レッスンで彼の質問や会話は、口語と言うよりかなり文章体に近いきちんとしたものです。
分かりやすく、的確です。自分でもまだよくわからないことやとても感覚的なことになると、
急に口を閉ざします。論理的に伝える自信がないのかな、と思います。

でも口にする言葉は、どれもきちんとした文章につながるものですし、感性の分野のことでも
言葉を探して、的確に私に伝えてくれます。

「貴方が私に言ってくれること、思っていることを、ただ文章にするだけでいいんじゃない?
貴方は書けないのではなく、書かなかっただけだと思う。頭の中にはとても素敵な文章が沢山
あるけれど、それを文字を使って書く、ということをしてこなかっただけだと思う。
もし、貴方にそれほどの国語力がなければ、日本語検定で1級なんかとれるはずがないでしょう?」

文字が読めて書ける、ということは、人類が獲得した最大の喜びの一つだと私は思います。
文学と音楽は、いつの時代にも強く結びついてきました。
Y君が、ピアノを弾くことと共に、文章を書き始めてくれたら、何かが大きく前へ進むかもしれない
と感じています。文章にしてそれを読み返したり、反芻することでより客観的な考えかたや
論理性が鍛えられ、そして文章にしようとすることから生まれる感性も。

このごろは1週間に1度程度になってしまったブログですが、私もこうやって書くことで
現れてくる気持ちや、反芻する思いや、過去現在未来、がある、と思っています。

書くことは書くことだけに留まらない。
素敵な文章は、やはり素敵な人生から生まれる、と思っています。




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2012年07月08日

Ayaさんの結婚式

昨日は、オテル・ド・ミクニで、Ayaさんの結婚式がありました。

Ayaさんとのお付き合いは丁度10年。高校生になったばかりの彼女に
ピアノを教え始めたのがきっかけです。

ピアノのレッスンそのものは、あまり長くは続きませんでしたが
本当に深く思考し、好奇心と情熱を持って学び、より真実なるものに
近づきたい、知りたい、という高く健全な欲求を持つ素敵な女性で
彼女とは、哲学や宗教や、詩や文学や、人生論恋愛論と、広がりのある話題を
楽しく追及できる、豊かな時間を共有してきました。

高校時代から学生オケに入りチェロを弾き、定期演奏会で指揮を振り
和声学を教えて欲しいと言われて、私も再度勉強しながら教えたり
ハイデガーや、信仰と宗教の相違や、神谷美恵子さんについて語り合い
悩みながら専攻を決めた万葉集のことを、彼女から教えてもらったり…

聡明で、おっとりしているけれど激しさを内に秘めているAyaさん。
旦那様との恋も、一途で、でも紆余曲折を経ながらの8年に亘る時間を
実らせての結婚でした。

多くの生徒の結婚式に出てきました。
その全ての結婚式&披露宴で、ピアノを弾かせて頂いてきました。
けれどもAyaさんの結婚式ほど、心の底から祝福し、感動したことは
何回もありません。
素敵な式でした。
そして、その恋愛や彼との出会いと私との出会いが同じ時期であり、
その歴史が重なっていることもあるのか、感激がひとしおでした。

それにしても、結婚式って本当にいいですね〜〜。
愛について、人生について、感動を持って考えさせられます。
もう一度、素直に謙虚に、愛や絆や人生に向かいあおうと
そんな青春みたいな気分になります。

Ayaさん&Yuさん、どうかお互いの存在に感謝を持って
人生の荒波を二人で乗り越えて、素晴らしい絆を育てて行って下さいね。

おめでとう♡おめでとう♡おめでとう♡
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2012年06月18日

恩師

昨日は恩師の村上明美先生の喜寿とピアノ教育連盟会長就任の
お祝いのパーティーが、ありました。

村上先生との出会いは中学1年生。
それまでは桐朋学園の子供の為の音楽教室に通っていました。

ピアノを始めたのは4歳になる1か月前。
初めての先生は古川和子先生で徒歩5分の近所にいらした先生でしたけれど
本当に音楽の喜び、ピアノを弾く喜びを教えて頂きました。
私の才能をとても高く評価されて、もっとたくさんの事が学べる処に行きなさいと
桐朋学園の音楽教室受験を薦めて下さいました。

かなりの難関であったらしい4年生時の編入試験に合格して通い始めたのですが、
毎週土曜日にあるソルフェージュの時間は楽しかったものの
学園に漂う、当時の高度成長期を反映したような強烈な競争意識や
担当して頂いたピアノの先生の音楽に、どうしてもなじめず
ほとんど、もうピアノの道に進むことはないだろうと、そこを中一の秋に辞めました。

水泳に、勉強に、部活にと、毎日何時間もピアノの前に座ってそこに縛られない生活を
1か月謳歌しました。自由で、のびやかで、義務や責任に縛られない毎日。

でも、何となく、これは違う、物足りない、と感じ始めた頃に
やはりご近所に芸大のピアノ科に通う先生がいるから、学生さんだし、きっと楽しくレッスン
して下さるんじゃない?辞めるのはもったいないから行ってみれば?と母が薦めてくれました。

そこで、その先生のお宅に伺いピアノを聴いて頂いたところ
「貴女、もったいない。私の先生は本当に素晴らしい方なので是非行ってごらんなさい。」
みたいなノリになり、あれよあれよで何の覚悟もないまま連れていってもらったのが、
村上明美先生との出会いです。

それは、身も凍る程の厳しいレッスンで、辛辣で容赦ない言葉の数々に
傷つき、涙し、何度もあきらめ、それでも先生の音楽、先生の音の素晴らしさは
本物だと感じることで、這うようにして先生についていきました。

音楽の道に進むかどうかは、まだ決めて兼ねていました。
ピアノを弾くことは好きだけれど、先生の「貴女には才能がないんだから
人の4倍は練習しないとだめなのよ。」という言葉に、自分にはピアノをプロとして
弾いて行かれるだけの何かが足りないのではないか、と自信を持てませんでした。

若い、というのは限りない未来はあるかもしれないけれど、実質的な実力は、まだ無い
と言う、頼りなく自信など持てるべくもない状態です。
努力はしていても、100点満点の様な目に見える評価基準があるわけではない、漠然とした
音楽の道に絶対に進んでいくんだ、と決意できるほど、自分を信じることはできませんでした。

ところが二年生の終わりに「貴女、芸大の付属音楽高校=いわゆる芸高=を受けてみない?」
と先生がおっしゃるではないですか。え???私が?…だって先生、
才能なんて全然ないって言ってらしたじゃないですかっ!!!

呆然とする私に先生は「芸高を受けてもあそこは天才の集まりだから
安心なさい、合格は無理よ(orz""")
でもね,貴女なら芸大には間に合うかもしれない、と思っているの。
芸高を受けるっていうのは、ただ受けようとするだけでも課題曲も膨大だし、
精神的にも技術的にも本当に大変よ。
そのハードルを経験することが、芸大受験の時に確実に役に立ってくるのよ。
1次試験くらいは通ると思うから、頑張ってみない?」とおっしゃいました。

まだ覚悟は出来ていませんでしたけれど、そんな先生の言葉に、受験してみようと決めました。

絶対に受からないから安心しなさい、と言われて受験した芸高でしたが
ふたを開けてみると、演奏、音楽教科、学科の総合で1位合格。
(え?ワタシってもしかして天才???=笑)
自分の努力が報われたことは嬉しかったし、天下の芸高に合格したことは誇らしかったの
ですが、正直、芸高に通いたいと思っていたわけではなかったのと
これで自分の道が、否応なく決まってしまう、という恐れから
周りは狂喜していましたが、私自身は混迷の中にいました。

それでも、どう考えても今の私の本当の出発点は、その時でした。
芸高に合格したことで、ピアニストとして生きる出発点が与えられたし
それは村上先生との出会いなしには、あり得なかったことです。

村上先生が芸大の先生ではなかったので、そこから中々スリリングな日々が
始まるのですが、それでも私の先生への信頼や絆が揺らぐことはなく
プライベートでレッスンを受け続けました。
先生から「叩き込まれた」基礎、音への敏感さ、耳、音楽の本質といったものが
それからの私、今からの私を支えていくことは間違いありません。
そしてこの出会いに、先生の教えに、心から感謝!です。

77歳になられても、本当にきびきびとお若く、精力的でエナジーに満ちている先生。
もう一人の恩師、クラウス・シルデ先生も90歳を超えて尚エナジーに溢れていますが
自分の前を確かに歩いて下さっている存在があるというのは、心強く勇気が持てます。

先生、どうか、本当にいつまでもいつまでもお元気で!







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2012年06月17日

小学1年生

この春から小学校に入学しました!というピカピカの1年生の生徒さんが
4月、5月、6月と1人ずつ増えて、その前から教えていたゆう君と
合わせて4人!になりました。

こんな風に小さい子供をたくさん教えるのは、結構久しぶりです。
1人くらいなら、いつもいるけれど。
それで、4人を教えていると、まぁなんとそれぞれに個性的で、
それぞれの可能性を秘めていることでしょう!
大人より無防備なぶん、幼いからこそ、存分に自分を主張し行動し、
1人1人が、同じ曲同じ練習をさせても、まるで違う反応と感性を発揮します。

幼稚園生や小学1年生をたくさん抱えて教えていたころは、自分の子供も
まだ小さくて、子育てに必死、教えることにも生活することにも必死でした。
情熱はありましたが、必死な分「こうでなければ!」という思いが
強かったのかなと、今振り返って感じます。

あれから10年が過ぎて、たくさんの子供たちに接し、子育てを経験して
あらためてこうやって1年生たちに接してみると、みんな違ってみんな良い
という詩の意味が、ようやく分かってきたような気がします。

一人ひとりのぺース、一人ひとりの感じ方、一人ひとりの私との関係。
ルールはあるけれど、なるべくそれぞれの個性を豊かに育てていきたいと
楽しくレッスンに励むヤマガミです。

posted by yukiko at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年06月08日

鶏の唐揚げ・塩麹編

1年くらい前から話題の塩麹。
調味料として、今やお醤油&味噌に並ぶ勢いです。

私も半年前から自家製の塩麹を作り、様々なメニューにトライして
来たのですが、やっと塩麹の特性や風味などが掴めてきました。

最初は塩を入れすぎて(と言ってもインターネットで調べた量で仕込んだのですが)
とてもしょっぱいので少量しか入れられず、そうすると塩麹が思ったように
生かせないので、本当のところ何が良くてどう使えば生きるのか等々が掴めず
苦労しました。

2回目に塩麹を作った時は、色々本屋さんなどで調べ、塩の量を半分くらいに減らし
麹の甘味が生きるようにしたので、そこから、あぁ本当に美味しい!というレシピが
出来始めました。

いつも暮れに酒粕をペースト状にして使いやすくなったものを頂きます。
それで、お肉やお魚などを漬けたり、粕汁やお鍋にして使ってとても重宝していますが
塩麹も言ってみれば、同じ使い方でOKのようです。

酒粕より今や一般に手に入りやすく、状態もどろっとしていて使い易いかも、です。
同じ麹族の調味料の代表はお味噌、ですが、味噌より麹が若く成長過程にあるので
タンパク質を分解して肉や魚を柔らかくする力があり、酒粕より甘味が強く
醤油、味噌、酒粕にあるような個性的な風味はほとんどないので、くせが感じられない分、
オールマイティです。

私の使っている感じでは、塩麹は魚よりお肉系に合う気がします。
酒粕は、やはりお肉より魚系に合う気がするのですが。

とりあえず、鶏のから揚げ塩麹じこみのレシピ!

鶏のから揚げを作る際、1日前から腿肉を一口大に切ったものを

塩麹大匙1、醤油大匙1、味醂大匙1、ヨーグルト大匙2

の割合のたれを作って、ジップロックに入れ揉み込んで寝かせておきます。
生姜とにんにくののすりおろしを小さじ2ほど入れるとベター。

翌日、寝かせたジップロックのジッパーをあけて、少しお肉から出た水を
こぼします。まだ中にたれが残っている中に、米粉と片栗粉を半々にして
放りこみ鶏肉に揉み込みます。いわば、天麩羅みたいな泥状になった鶏肉を
油で揚げていきましょう。

私は低温で揚げて、高温で二度揚げしますけれど、まぁ1度でもOKです。

柔らかくて、ジューシー。まるで専門店の味に仕上がります。

美味しいですよっっっ!



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2012年05月17日

最近観た映画・インハーシューズなどなど

今年に入ってからPCを開く時は必ずセットで、事務系のお仕事が
もれなくついてきて、それはそれは細々コマゴマとやることが沸いてきて
1時間?と思っていても必ず2時間はとられる、という現実〜。
ブログを書く暇も、ネットサーフィンをする時間もないっっっ。

忙しいのはほかの時間も同じなので、映画大好きなのに今年に入って映画館に
行けたのは3回!!!しかないのですけれど、ツタヤ通いでDVDを真夜中に
観ながら、何とか映画浴を解消しているヤマガミです。

15本くらいは観たであろう今年借りたDVDの中で最近の一押しは
キャメロン・ディアスと豪の名女優トニ・コレット主演のイン・ハー・シューズ。

弁護士というキャリアはあるが、太目がコンプレックスで自分を抑え続けてきた姉、ローズと、
難読症という障害を抱え、落ちこぼれてルックスだけで人生を切り抜けてきた妹、マギー、
そして、娘の死を背負い続ける祖母、エマという3人の女性が、それぞれにぴったり合う
自分だけの靴(人生)に出会っていくドラマ。

ローズを演じたオーストラリア出身の実力派トニ・コレットは体重の増減に挑み、太目の冴えない
弁護士がから、柔らかく美しく輝くような女性への変化を表現。マギー役のキャメロン・ディアスも
セクシーだけが取り柄の、自堕落な女の子が自分らしさを発見し成長していく姿を
見事に演じきっています。

彼女達の祖母エマに扮したのは、私の大好きな大女優のシャーリー・マクレーン。
娘の自殺と、二人の孫娘への心の重荷を抱えつつ凛と生き、マギーを受け入れ、ローズを支えつつ
自分の心の重荷も消化させていく姿がホントに素敵です。

決して重くなく、でも自分らしい生き方を掴むまでの葛藤や苦悩はちゃんt表現してあり
爽やかというのか、うん、いい映画を観たなぁと心に深く響きます。

封切作品ではテルマエロマエを観てきました。
面白かった!ストーリーも阿部寛も良いですがプラス音楽が素晴らしいです。
イタリアオペラの名曲、名アリアを久しぶりに堪能しました〜>

終了してしまいましたが、ドイツ人の天才ダンサー・ピナ・バウシュのドキュメンタリー映画も
中々見応えがありましたね。でもやっぱり彼女の実際の舞台にはどうやっても敵わないな。
ドイツで観たカフェミラージュは、忘れられない衝撃の舞台でした。。。。。

あぁ、本当に映画っていいなぁと思います。
宇宙兄弟もいいらしいし、今週末には愛するジョニデさまのダークシャドウも公開。
頑張って、映画館に行こう!

posted by yukiko at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年05月05日

秩父・羊山公園

写真.JPG

秩父・羊山公園に芝桜を見に行ってきました。

TVの中継などでも見ていましたし、勿論、綺麗だろうなと期待するから
わざわざ雨の中でも出かけたわけですが。

しかし、100聞は一見にしかず、とはこのこと。
これは見て見なければわからない、感動です。
正に花の巨大な絨毯。
毎年、その絨毯の絵柄が違うそうです。
今年はハート型が多い様に思うと、常連さん達のお言葉。

白、薄ピンク、ピンク、ボタン色、紫、青紫、・・・
見分けられる色合いは6色、7種類の芝桜が、人の情熱でレイアウトされて植えられ
1年かけて手入れされて、この時期に見事な花の絨毯を描く、というわけです。

それから気づくのが、香り。
強くはないのですけれど、微かに華やかで甘い香りが辺りを漂い
鼻をくすぐります。思わずうっとりと香りを吸い込みます。
花の香りを胸一杯吸い込むなんて贅沢、何年ぶりだろう……

芝桜の丘を取り巻く様に桜並木があり、花水木、八重桜が満開。
屋台も沢山出ていて、B級グルメコンテストで優勝した、という味噌ポテトを頂きました。
ジャガイモに衣を付けて揚げたものに、独特の甘辛い秩父味噌を乗せて頂きます。
確かに、B級ぐるめっぽいけれど美味しい!

お昼はお蕎麦。秩父のそばは美味しいということで楽しみにしていましたが
これは、う〜NN,不味くはないけれど高すぎでしょ。
とろろ蕎麦が1680円?そこまでの味ではないよ〜〜〜
量も少ないし・・・・
かなり欲求不満気味。ちょっと残念でした〜。

夜は、ツタヤで100円のDVレンタル。息子は友達の所にお泊りにいくと言うので
女3人で「Sex and City」を借りて、泣き、笑い、良かったね〜!と感動。

そんなこんなで、ドールデンウイークもあと二日。
今日はこれから庭にゴーややトマトなどを植えます。
明日は三鷹でレッスン。

皆さんのゴールデンウィークは?
楽しんでますか〜〜〜〜〜?!
posted by yukiko at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記