2007年05月24日

真昼の海への旅

ドイツに留学中、偶然この本に出会いました。既に日本に帰国している
留学生先輩達が残していった文庫本の山の中から、この辻邦生の
まだ読んだ事のない小説を発見した時は本当に嬉しかったですね。

当時私は失意のどん底にありました。それまでの人生で最大の試練。
長年付き合い結婚を約束していた恋人に、フラレタのであります。
ドイツにはまだ親しい友人もいなくて、メールなんてないし、
国際電話代は滅茶苦茶高いし、誰に打ち明けることも出来ず、ただ
一人暮らしの部屋でピアノとだけ向き合う、孤独で長い夜と昼を
何ヶ月も過ごしていました。そこで読んだのがこの本。

この世に偶然というのはないように思います。あの時この本に
出会ったのは神様からの偉大なるメッセージ。
一隻の船の中で起こる、殺人事件。それを法廷で証言していく形で
物語は進みます。辻邦生の書いた唯一?のミステリー。

そこに登場する悪党がいます。彼は罪を犯すこと、人を殺す事さえ
自分の人生なのだと、本気で悪党をやっているすごい悪党なのです。
船という限定された世界、人生にも象徴される航海の様子。
海の描写は壮絶に美しく、息を付かせぬほど激しく涙が出るほど
豊かに描かれていきます。その航海の中で起こる人間模様は
さながらこの社会の縮図。自然と人間の営み、葛藤、善なるものと
完全なる悪。罪と罰。あらゆるコントラストを含みながら
悪なる人生が浮き彫りにされていく。

人の心を殺すのにナイフはいりません。
「もう君を愛せない。」その一言で、心は大量の血を流し
心も身体も、存在そのものが危うくなるほどに、傷は深く広がる。
そういう言葉のナイフを、自分も人に突き刺したかもしれない。

人は生きていれば、罪を犯す。そして時に悪事も働く。
けれども、そのことさえ自分の人生なのだと、気付きます。
「大いに生きる。」というフレーズが何回かこの小説に出てきます。
悪党は悪なる自分の生い立ちと人生を受け入れ、大いに生きるのだと
そう言い切るのです。それが自分を生きるということなのだと。

それ以来、私は自分の生き方が決まりました。
大いに生きる。
何が起きても、起こしてしまっても、どんな理不尽さや葛藤も
罪も罰も、そして幸せも喜びも、全てが自分の人生なのだから
私はそれを受け入れて、大いに生きてみせる。
そう、その時に、決意したのです。

悲しみや苦悩さえも自分の人生なのだと気付かせてくれた夏の砦
から、7年を経てこの本に出会いました。
辻邦生が私にもたらした、生きることへの指針。
神から与えられた、誰のものでもない自分という存在と命を
大いに生きて、そして私は生きる喜びを音楽に託していこうと
そう決意した思い出のドイツでの一冊です。




posted by yukiko at 23:17| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
辻邦生作品の体験の文章に感嘆です。私も人生を変える影響で特に20代は、その美的精神世界の同時性を呼吸したと悪戦苦闘の追体験を試みました。私は幼少からクラシック音楽にはまり3万枚のLpCD収集と文学芸術書を限りなく乱読して来ました。だから書かれる文章の深い表現力に内部共鳴します。ビアノ演奏を一度聞いてみたいです!



Posted by ミヤダセイジュン at 2021年04月09日 12:08
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