2013年08月06日

風立ちぬ、いざ生きめやも

4か月ぶりのブログです。

宮崎駿監督ジブリ作品の「風立ちぬ」を観てきました。
ジブリ作品らしからぬ、見事で潔い日本人を描ききった、素晴らしい映画です。

堀辰夫の小説「風立ちぬ」をベースに、ゼロ戦を設計した堀越次郎の人生を投影させた
ストーリー。
大正末期の関東大震災から世界大恐慌による不景気、そして第二次世界大戦へと
突入して敗戦を迎えるまでの日本が舞台です。

アニメとしてのレヴェル、世界観を投影させる技術力は、やはりジブリ!
軽井沢の…それも一昔前の…の空気感、風が立つ、その瞬間の高揚感
堀辰夫の描く、当時の日本の持つ抒情性、そして次郎の夢、菜穂子との間に
流れる、いとおしく切ない愛の時間。
アニメだから出来る、と思わせる実写を超えるリアリティがそこにあります。

お子様や学生さんには、チトつらい長尺な作品でしょう。
静かな高揚感、内に秘めた温かな愛情、語られぬ無残、無念さそして、切なさ。
行間を読んでいくような、お能にも似たテンポ感。

堀辰夫の美しい村、風立ちぬ、菜穂子の3作品に流れる静謐な抒情性と
結核という病に象徴される、儚さ、恐れ、飛行機に賭ける人生という名の夢。
そして何より、私たち日本人が持っていた潔さ、品格、美しさと強さが描かれていて
観ているうちに、じんわりじんわりと胸が熱くなり、いつの間にか涙があふれます。

堀辰夫は中学生から高校生にかけて愛読した作家です。
センシティブ、という言葉の意味を辞書で引いて、以来、私の会話にしばしば使って
いました。お気に入りの表現。パセテイック、もありましたね。
まぁ青春期のナントカかぶれの様なものだったのかもしれませんが。

センシティブ、は直訳すると官能的となりますが、今風のエロいという表現の持つ
一種の下品さはなくて、そこに潜む繊細で神秘的な感覚が好きでした。
パセティックは悲劇的なという意味ですが、それも露わでなく直接的でなく
それでいて、嘆きが深く潜んでいる感じがしたものです。

そう、この映画はセンシティブで、パセティックで、そして儚さと勇気に溢れています。

矜持を正す、という言葉があります。
もはや死語のようになっていますが。

描かれている日本人の姿勢の美しいこと!
歩く姿、立ちいふるまいの美しさは、本当に世界一だと思います。
戦争の悲惨さ、ゼロ戦の顛末、菜穂子の死。
それらが声高に描かれることはありませんが、それらの悲劇をパセティックに
そして菜穂子との愛をセンシティブに、次郎の夢と挫折を潔く描いたこの作品は
日本人の持つ美しさと品格を、あらためて誇りに思えるような世界でした。

4月に負傷した右手の回復が思わしくなく、毎日ピアノに向かっても
左手だけ、とか、簡単な右手の曲しかあだ弾けません。
1か月もすると精神的にすっかり参ってしまい、軽〜い鬱状態。
そこに子供たちのトラブルが重なり、いやはや、生きるのはホントに大変。
このブログも含め、SNSに向かいあうのが怖くて、あまりネットも見ない。
ただ、小さな旅、大きな旅、や、弾けない今だから出来る山歩きなどをして
生徒たちにレッスンをしながら、ひたすら本を読んでいました。

映画も、久しぶりに観ました。
そして、堀辰夫の小説も久しぶりに読み返しました。

風立ちぬ、いざ生きめやも。

主人公の次郎の夢は戦争という現実に無残に挫折し、菜穂子との愛も
結核という病の前に打ち砕かれます。

それでも、矜持を正して、前を向いて生きる。

運命を受け入れて、懸命に生きる。

まだ、右手は不自由なままですが、それでも明日はやってくるし
生きなければならないのなら、前を向いて矜持を持って
歩いていこうと、深く自分に頷ける気持ちにしてくれたこの作品に感謝しています。

そしてこのブログを読んでくださっている皆様。
ご心配をおかけしました。
何度か書こうとトライしたときに、このホームページの訪問者が
私がブログを更新していないにも関わらず、いつも50を超えていました。
心から、御礼申し上げます。
支えられているんだ、という気持ちになりました。

ありがとうございます♡

posted by yukiko at 22:37| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記