2018年06月22日

気持ちの問題

ここのところ、超!のつく忙しさ。
睡眠時間も中々ままなりません。

仏語を諦めれば良いのでしょうが、
ここまできたら引き下がれない!と
生来の負けず嫌いが顔を出します。

にも関わらず、体の状態は久々に
とても良好です。不眠や浅い眠りから
解放されするっと入眠。短時間ですが
深く質の良い睡眠が取れています。

軽度ながらの欝状態から、今は本来の
楽観的でポジティブ、エネルギッシュ
なワタシに戻れている様で嬉しい!

パリでの公演が、気持ちを建て直し
しっかり演奏会の準備がしたいという
意欲、が、取りあえず心の状態の
解放に繋がっているのだなと思うと
人間、本当に気持ちの問題は大きいな
と感じます。

でも、そうわかっていても,自分1人で
気持ちを立て直す、モチベーションを
上げることは出来ないのですよね。

音楽があり、コンサートや色々な機会
を与えて貰って、本当に多くの人に
心も体も支えてもらっているのだと
実感します。

どこまで、いつまでこんな良好な状態
が続くかは分かりませんが、それでも
ずっと鬱々とした状態のままではない
必ずこうやって、前向きにひたむきに
歩いていかれる日があるとわかる事は
純粋に嬉しく救いです。

さぁて、これからフランス語の宿題!
Passez une bonne nuit!



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2018年06月21日

愛国心

ワールドカップが始り、びっくりの
展開で日本チームが勝利しました。

視聴率は40%を越えたと言います。
勝てないかもしれないが応援したい。
そういう人達が沢山いたのですよね。

ハリルの突然の解任やそれまでの成果
を考えると、イマイチ盛り上ってない
ワールドカップでしたが、一挙に
サムライJapan応援隊が熱くなってる。

私は仏語のレッスンを終えて、後半戦
をテレビで観戦しました。
大迫がゴールを決めた瞬間、やっぱり
オー!!!と叫んでいました。
それ程サッカー好きではなく詳しくも
ないけれど、やっぱり嬉しいものです。

スポーツの世界大会(オリンピックも)は
自分が日本人である誇りを確認する様な
自分にも愛国心、というものがある事を
素直に受け入れられ事のできるイベント

民族の誇り。日常生活の中で、島国の
私達日本人は、あまり深くは考えない
感覚的な言葉です。

日本人が日本を愛する心を共にする
そんな瞬間。
藝術も良いけれど、スポーツも素敵。

がんばれ、ニッポン!!!


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2018年06月19日

余震

大阪近辺では、昨日の地震の余震が
続いているそうです。

余震といえば、東日本大震災の時は長期間
かなり頻繁に余震が続きました。
1ヶ月間に震度5弱以上の余震が、40回近く
あったそうで、半年経っても少しの揺れ=
前の道をトラックやバイクが走った程度で
あっ地震!と体がピクリ と恐怖に反応して
竦んでしまった事を思い出します。

震源からかなり離れた場所でさえそうなの
ですから、震源に近い東北はさぞ怖い思い
眠れぬ恐怖に長期間苦しめられたのだろう
と、心が痛みます。

これは地震だけに限らない話し、ですね。
ストーカーや性犯罪、DV,虐待等々。
長期間に亘る恐怖の体験は、神経や心を
苛み傷つけ、いつのまにか生きる根源力
を奪っていきます。私にも少しだけですが
覚えがあります。心の中で絶え間なく余震
が続き、いつまた、あの本震が来るのかと
脅え続ける日々。耐え難く精神が苛なまれ
自分から誇りや自信が失われていく。

私にはピアノが、音楽が傍にありました。
音楽を通した人との、深い関わりもあり
本が好きでその手の知識も豊富でした。
知は力なり、は、本当です。
そのお陰で、何とか切り抜けて今があり
ます。友に、知に、音楽に感謝!ですね。

天災であれ人災であれ、地震余震に苦悩し
乗り越え、又新たな試練に立ち向かうのが
人生、というものなのかもしれません。

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地震に思う事

大阪で震度6の地震がありました。

知り合いが高槻に住んでいるのですが
震源の近くだったせいもあるのでしょうが
阪神淡路大震災の時より、大阪では揺れが
大きかった、ということで心配しています。

そういえばドイツ留学時代アウグスブルグ
という街に住んでいたのですが、ある朝の
新聞の一面トップが
地震だっっっ!震度2〜〜〜〜!!!!!
みたいな記事で笑ってしまったのですけど。

でも、大地が揺れるなんてドイツ人には
信じ難い恐怖。
メンタルの違いって、こういうところにも
その根底に寄るものがあるなって思います。
大地は揺れるものだ、と思ってる日本人と、
何があっても揺れるわけはないと
思っているドイツ人。

例えば森羅万象に対する感じ方。
日本人は形ある物はいつか無くなるのだと
諦観というのかな、それが自然の摂理だと
頭ではなく魂で知っていると思うのです。

ドイツ人は現象を概念として哲学する。

曰く、形ある物に「真実」はない。
目に見えるものに完璧=神は存在しない。

ドイツが震度6の地震に見舞われたら
第3次世界大戦開戦!くらいに大変かも。
あり得ないことが起きた!と大パニック
に陥ることでしょう。

ある側面から観ると、ドイツ人の方が強く
逞しく豊かで、合理的且つ俯瞰力がある。
でもある一方から観ると、日本人の方が
しなやかさ=強靭で達観力があり、
刹那に生きる逞しさを持つ。

地震無くして日本人は語れない、って
そうあらためて思った一日でした。
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2018年06月11日

日高六郎先生のこと

6月7日早朝、社会学者の日高六郎氏が101歳で
天寿を全うされた。穏やかな最期だったという。

六郎先生、そう呼ばせて頂いていた。出会いは30年前。
ドイツから帰国して、私は日本で本格的に音楽活動が
始まった頃だった。

六郎先生は東大教授職を、69年安保闘争で学生の立場に
立たれて苦悩の中で辞職."現代における人間の解放とは
何か"を学問・実践の場で考え続けておられた。
当時、国民文化会議を主宰され、ベトナム戦争や水俣病
など公害問題でも平和活動家の観点から実践的評論活動
を展開なさっていた六郎先生に私を是非紹介したい、と
言ってくれる方がいて、私の演奏会に六郎先生と夫人の
暢子さんがいらして下さったのが最初だった。

六郎先生ご夫妻は本当に私の演奏を気に入って下さって
それからとても「かわいがってもらった」という言葉が
一番当てはまるだろう。

私のコンサートにゲストで主演してトークをして下さったり
秋谷のお宅に「有紀子さん、京都から松茸届いたから食べに
いらっしゃい!」と招いて頂いたり。パリ郊外のご自宅にも
何度かお邪魔して音楽談義や政治談議に混ぜてもらった。

国民文化会議に誘って頂いて出席もした。ピアノも弾いた。
鶴見俊輔氏、小田実氏、土井たか子さん達と知り合えたのも
六郎先生のお陰だった。あの頃の様に今頃、あちらの世界で
あのメンツでまた会議をしているのかもしれない。

こうして今パリで演奏できるのも、六郎先生ご夫妻がパリに
住んでいらした頃に日仏交流演奏会を開催して、私を呼んで
下さったからでもある。原先生、エヴリン、あの演奏会には
もう亡くなられた沢山の恩人達がかかわった。

やさしく深く透徹したまなざしで観て考えて、そして平明に
語る方だった。起きたこと起きている事に様々な側面と光と
影を与え、真実がどこにあるのかを探す困難と必然を教えて
下さった。
音楽を愛し、私の音を愛してくれた六郎先生。

さぁ、弾いていかなければ。
そう、真実なる音を求めて奏でていかなければ。

沢山の宿題。
沢山のありがとう。

六郎先生、永遠の悠久の時のどこかで、
またお会いしましょう!


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2018年06月09日

マックス・ブルッフ

一昨年暮れ結成したピアノ&ヴィオラ&クラリネットの
トリオ・Max Bruch。マックス・ブルッフというのは
19世紀に活躍したドイツ人の作曲家の名前です。

この楽器の組み合わせのトリオ曲はあまり多くはない
のですが、演奏してみるととても豊かで深い味わいが
あり、華やかさはさほど無いけれど、躍動感や奥行き
のある感情を表現している素敵な曲が多いのです。

マックス・ブルッフは特に旋律線が美しく豊かな抒情を
湛えた曲が沢山あります。ヴァイオリン協奏曲など
深く力強い和声進行とえもいわれぬヴァイオリンの旋律
に、ぐいぐいと引き込まれてしまいます。

ブルッフはこのトリオの為に8曲の連作を残していて
それが、本当に素晴らしいのです。
あまり演奏される機会がないこの名曲を世に送り届け
たい、という思いからトリオ・マックス・ブルッフの
名がつきました。

7月の演奏会でもブルッフをやります。
ピアノパートは何度やっても中々の難物なので
今から懸命に練習しています。
彼らに会って合わせる日が待ち遠しい!
Jacques(ジャック・ヴィオラ)はイタリア系
Hugo(ヒューゴ・クラリネット)はドイツ系の
仏人。日本人の私との3人がドイツの作曲家を
演奏する。音楽って、本当、垣根のない喜び
と楽しみに満ちています。


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2018年06月04日

フランス語

と、いうわけで26日からパリのワタクシ。
決して得意とは言えない仏語をリハビリ。

語学はしかし、面白いですね。
上手く喋ろうとしないことが面白がるコツ。
文法的に正しくなくても、上手くなくても
伝わることが第一。50歳過ぎていくら頑張っ
てもネイティブみたいに喋れるはずがない。

でも学ぶほどフランス文化が深く理解できる。
言葉は、文化を代表していると思います。

愛している。という表現。
日本語だと「アタシはアナタを愛してるの」
読んでみるとわかるけれど、心を込めるほど
ほとんど抑揚はなくなり平らな顔族の発音。
穏やかで、真実を伝えるのに大げさを嫌う
繊細さのある文化を持つ日本語です。

英語で"I love you" 心をこめればラブの所に
強いアクセントが来ます。シンコペのリズム。
弾むような抑揚&ラブの発音は明るい"ア"だし.
言葉の抑揚で気持ちを伝える、ダイレクトで
エネルギー値の高さがそのまま人間力となる
曖昧さの少ないアメリカ文化の言葉です。

さて仏語はジュテーム。実はこの言葉ジュ=私
テュ=あなた エイム=愛する という三つの
単語をぎゅっと縮めて出来ています。日本語と
同じであまり抑揚はなく、アクセントもなし。
日本語だと「ア・イ・シ・テ・ル」って感じかな。
主語も述語も愛するという動詞に溶けて一つに
なってるんですよね〜。
ロマンティックでアバウト。自己主張は強い。
けれどもシニカルな視点と楽観は忘れない文化。

ふ・ふ・ふ・・・
自由と偏見に満ちた言語分析でした!








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2018年06月01日

パリ

6月の終わりからパリに行きます。
演奏会があるから、なのではありますが
娘が留学しているので会いたい、と言う
のも言い訳で単に無性に行きたくなります。

パリに初めて行ったのは大学卒業間近の
2月。ドイツ留学中にも何度か訪れました。
日本む含めて、住んだ事がない街で、一番
多く訪れている街です。今回で多分11回目。

パリが好き?と問われたら,別にと答えます。
パリより東京の方が清潔.安全.綺麗で安い。
でも、行けばどこか心がほっと開放される。
音楽と美とドキドキを探して歩くだけでいい。
自分の音楽の評価を気にすることもない。
受け入れて貰っているのは十分わかっている
今のあるがままの私をぶつければ、必ず
正しい答えが返ってくる。

気ままでマイペース。自分が楽しむ事が第一で
シニカルで醒めた視点と、獰猛なまでの情熱が
何の違和感もなく同居するパリ人。
そんな彼らと音楽を共にする事が、無常の歓び
になるってところが、本当に不思議。

目線を上げれば歴史的な荘厳な壮麗な圧倒的な
完全に近い美しさを湛える建物や、おしゃれな
街角が目に入り、目線を下げれば犬の糞だらけ
の汚れた石畳。裏道には猫のおしっこの匂い。
極上の色彩を放つ半分から上の世界と、極貧の
匂いを撒き散らす半分から下の世界が、一点の
疑いもなく完全に合体している街、パリ。

魅力的?まっ、そう言えなくもないかなぁ。





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2018年05月29日

カミングアウトすると言う事

経済評論家の勝間和代氏が同姓パートナー
と暮らしていることをカミングアウトした。

亡くなった西城秀樹は脳梗塞後、リハビリと
欝であったことをカミングアウトしていた。

カミングアウトとは一般的に知られたくない
病状や性的志向などを公表する事である。

とすれば、欝である、という状態をブログに
書くのは一種のカミングアウトになるのかな。

特に知られたくない、とも少数派とも感じて
いないけれど。ただ公表する事で、欝や心の
病を抱える人達や家族に、こんなに元気一杯
精神的にも強靭に生きてきた、そう見られて
いた私でも、長い人生の中でこんな事が起き
るんだよ、つまり誰だって心が風邪ひいたり
こじらせることはあるんだよって、そう
伝えたい思いはあった。

このまま欝が完全には治らないかもしれない
でもつきあっていく。それでも希望も夢も
エナジー溢れる舞台だって捨ててないよ。
むしろ、バージョンアップしてるかも。

生と向き合う。とことん自分の人生を生きる
っていうのは、そういう事なんじゃないかな

勝間氏も、きっとそう決意したのだろうし、
西城秀樹は、人生を全力で駆け抜けたよね。

悲しみも挫折も困難も、それを乗り越え様と
する時に勇気に変わる。
だから、それも神様からの贈り物。

そう思えるように、今を生きていく!

posted by yukiko at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年05月28日

欝の波

ちょうど1週間ブログをお休み。

神谷美恵子さんについて書くつもりでしたが
今日はブログをお休みした理由などを。

今から4年前になりますが、再開する折に
少し書いた通り、右手の靭帯損傷と更年期が
原因で欝状態に陥りました。
他の方達がどういう症状なのかわかりませんが
私の欝は波があります。症状が重かった時には
1週間の中で例えば月火が欝で身動きできなくなり
水曜日に少し復活。木金と動けなくなって土曜日
に何とか仕事して日曜日は休む。次の週も同じ。
3週間目には週のうち2日はだめだけど、あとは
何とか動けて4週目は1日だけダメであとは平気。
5,6週目は普通に暮らし、7週目辺りから又欝の
波がやって来る。段々に周期が長くはなっている
のですけれど、まだ時折この欝の波に襲われます。

不思議ですが、レッスンが始まりピアノに向かえば
とても元気で、欝状態とは自分でも思えない。
でも、かなり無理をしているし頑張ってしまって
いるので、今日は少しのんびり出来る、という日
にどど〜んと欝の波が押し寄せます。

とにかく身体が重い。眠たいわけではなくてだるい。
食欲はない。頭が痛かったり下痢をしたり。
なんて情け無い、だらしないと己に対して自己嫌悪
が募る・・・こんなのは私じゃない、私はもっと強い!
と無念の思いがどんどん積み重なり身動きできない.

4年もこの状態と付き合っていると,あぁ来るなと
波を察知できる様になります。先週の月曜日に心と体
が重たくなってきたので、水曜日をお休みにして
一日だらだら過ごしました。電話にも出ない、と言うか
出られない。本は読めるので本を読んで、音楽を聴いて
食べたい時に少しだけ食べて、とにかく欝状態である
自分を受け入れ付き合ってあげることが大切だと。

自己嫌悪に陥っている自分も、だらしない自分も、嫌だ
と泣きたい状態も、そのまんま受け入れる。
そうだよね、嫌になっちゃうよね〜〜って泣いちゃう。

ただ今回,翌日に両親との約束で、早起きして軽井沢へ
ドライブに連れて行きました。無理したんですよねww.
なので、今日まで少しだけ症状が長引いています。

色々な欝になる理由があるとは思うのですが。
私の場合、芸高受験を決めた14歳から40年間、年々過酷
になるこの道を、全力で駆け登り走り続けて来た日々
でした。結婚し3人の子供に恵まれ、仕事量は増え続け
睡眠時間は極限まで削られ、それでも心も体も元気一杯。
山上のクローンが3人はいると言われていました 笑!

無理に無理を重ねる日々の中で、過労死しなかった
だけでも、メッケものなのだろうなぁと思います。
4年前に起きた事故で、欝という休養を神様が
与えてくれたのだ、と考える様にしています。

頑張らない。頑張れないのではなく、頑張らない。
70%で生きる。それだって普通の人生からすると
多分、十分にエネルギッシュ!だと
感じるようにしています。









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